悪役令嬢聖女は後日談を語る

空月 若葉

第1話 クロエの母は語る

- クロエの両親 -

 どうして、どうして……。どうしてあの子が生きているの。精霊の森に送ったあの日から、あの子の姿は一切確認されなかった。もし生きていたとしても、精霊の元で一生を終えると思っていたのに。ありえない、ありえないわ。


 今世の雪菜の母、クロエの母親は、信じられない現実に困惑していた。いや、焦っていると言った方が正しいだろう。この夫婦にとっては、王様に借りを作れたようなものなのに、どうしてそんなに焦るのか。それには理由があった。

 クロエの母親、彼女は、幼少期から「愛されないのが当たり前」の状況で育って来た。それは貴族の家庭では珍しいことではなく、ごく普通の家庭に見えた。けれど、彼女が求めていたのはそれではなかった。愛し愛され、相手を思いながら生きる。そんな理想を、彼女は抱えていたのだ。

 そのために、平民になりたいと言う夢すらあった。けれど、身分の高い生まれのものがそう簡単に平民になれないことくらい、よく理解していたのだ。彼女は親の命令のままに嫁ぎ、子を産んだ。初めて、あたたかい何かが彼女の中に芽生えたた。

 けれど、そこに立ちはだかったのは彼女の過去だった。愛されずに育った彼女には、愛し方がわからなかったのだ。触ったら壊れてしまいそうなほど繊細なそれに、彼女は触れることさえ恐れ、声をかける機会もだんだん減っていく。自分が愛しているものさえ、わからなくなり、娘に愛が伝わっていないのも分かっていた。それでも、わからなかった。

 夫も、貴族としてしか娘に接することはない。娘を、大切なはずの娘を、道具としてしか見ていない夫。そんな人ばかりに囲まれ、余計にわからなくなる愛し方。

 娘を王子の婚約者にしたら、幸せな生活が娘を待っていると思ったんだ。あの日、娘のあざが現れる瞬間のことを隠し通せば、娘が愛を得られると思ったんだ。いつか自分が夢見た、母の理想を、押し付けていただけなのだとも気付かずに。

 精霊こそ見えずとも、刺青を入れたわけでもないのに、目の前で現れたあのあざ。娘は精霊に愛されているのだと悟った瞬間だった。だから、娘が精霊の森に行くと言ったとき、本当に心の底から喜んだ。これでやっと、あの子は愛を知ることができるのだろうと。自分が、周りに歪められ与えることができなかった、愛を、知ることができるのだと。


 それなのに、娘は戻って来た。偽聖 女を連れて、生きて戻って来た。娘が、仲間を作り、仲間と一緒に国を救った。なんとも言えない気分だった。やっと娘が幸せを手に入れたと言うのに、複雑な気分なのだ。落ち着かない、ざわめくような、何か、おかしな。

「一応死んだことになっているから、公には嫁がせられないが……。どうやって使おうか」

 横で嬉しそうに悩む夫。気持ちの悪い。私の、私の娘をっ……。

 ……私は、今まで一体何をしていたのだろうか。娘をこの男から守ろうともせず、危険と言われる場所に行かせ、放っておいた。私は、いや、私たちは……最低な人間ね。

「お前はどう思

「私たちの娘は死にました」

 勇気を振り絞るよりも前に、私は言葉を発していた。けれど、不思議と胸の何かは晴れている。あなたは最低。でも、私も最低。なら、最低らしく、この男を上手く操って見せる。もう、娘の邪魔はさせない。

 ほんの少しの、勇気を握りしめて。

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悪役令嬢聖女は後日談を語る 空月 若葉 @haruka0401

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