アナザーストーリー
IF-Lagu:大雨時行
さっきの戦闘。
簡単に言えば私達が勝った。
正規軍は全滅した、その事実は変わらないけど。
残されたのは、私とニードだけだった。
「ニード、よく死ななかったねあの状態で」
「あれはラーグが援護してくれたからだよ。アレがなかったら流石に全滅してたのはこっちだ」
あの時、私がニードを援護した理由。
本当は取るべきでは無かった方法、ニードもわかってるはずだ。
味方を見殺しにしてまで、ニードを助けに行った。
その事実が私にのしかかる。
支部に戻ってふぅ、と一息つきながらニードを眺める。
ニードは残り人類数を計算しているようで、私にはわからない文字が踊っている。
考えれば考える程、自分の判断や自分の思考がわからない。
なんで、なんでニードを助けたんだ。
確かに私はニードの補佐をやってはいる。
それに指揮官が倒れてしまっては指揮も何もないだろうってのはわかる。
でも、それ以上に。味方を見殺しにしてまで私がしたいことの為に、ニードを助ける理由は。
そして、人類が殆ど居ないという演算結果がモニターに表示される。
百人の中の二人か。レアなもんだね。
昔は百人の村に例えたりしてたらしいけど、実際に百人になってしまったら。
いや、散り散りなので村ではないし、ここにはもう二人しか居ない。この国の中には、もう二人しか。
私が銃殺される運命なのだったら、あの場でニードを助けず、全滅してても良かったかも知れない。
一個のどうでもいい夢は叶わなくても、人類を滅ぼすことには繋がるのだから。
……聞くしか無いか。
「ニード、どうするの?私はニードの処置を知らないからなんとも言えないんだけど」
「今すぐにでも、と言いたい所だけどそれは出来ない」
それは出来ない?ここにはもう誰も居ないというのに?
どうして、と言う気持ち以上に。
そうしたい、と思ってしまう私が居る。
「僕の処置は……薬殺だよ、だからその前にラーグにはやり方も教えなきゃいけないしさ」
「なるほどね、まぁ出来る限り痛くないようにするから」
違う、こうじゃない、こんなんじゃない。
張り裂けそうになる胸を抑える。
これは、あの子を処置した時の痛みとはまた違う。
「とりあえず僕は寝るから。また明日ね、ラーグ」
「ちょ、ちょっと待って。ニード」
思わず呼び止めてしまう。
なぜなら――
「少しだけ、一緒に居て欲しい」
――心が、震えているから。
「……確か余りのレーションの中にチョコレートがあったね。ホットチョコレートでいい?」
「ありがと」
少し座って待っているとホットチョコレートを手渡されるので受け取る。
正面に座るニードの顔は、先程の戦場とは違い。
とても優しい笑顔だった。
「……ニードはさ、正直処置って怖い?」
「珍しいこと聞くね。確かに怖いかも知れないけど。ラーグがしてくれるんだったら安心して受けれる」
……私なら、か。
ここ数週間、或いはそれよりも短い期間。
私達は共に戦い、他の仲間よりも長い時間を過ごした。
それは私がニードの補佐だからもあるし、多分これはそれ以上に。
私がニードの事を意識してしまってるから、だと思う。
「ありがとう、ニード。これで寢れそう」
「うん、それならよかった。おやすみラーグ」
そう言ってニードはソファーに横たわる。
私もベッドに横になり、天井を仰ぐ。
これは、もしかしたら反逆なのではないか。
滅ぼすために入ったのに、少しの間猶予が欲しいだなんて願ってしまう。
これは反逆なのか矛盾なのかわからない、どうすればいいのかも。
……とりあえず、今日は寝よう。流石に疲れすぎてしまった。
***
それから数日、私はニードを処置する為の方法を本人から教わった。
投与の仕方、順番、時間や……。
「……ラーグ?」
「あっごめん……もう一回お願い」
集中できない。
「大丈夫だよ、それじゃもう一回話すね」
頭の中で、ぐちゃぐちゃな思考が走り続ける。
授業は終わり、その後ニードは木陰を散歩する。
「なんでこんな暑い中散歩なんてするのさ」
「少しだけ夏気分を味わいたくてね」
意味分かんないけど。
面白そうじゃん、と思ってしまった。
「先延ばしにしてまで楽しみたいとかあんたどんな夏を送ってたのさ」
「んー。ずっと戦術論とかの本読んでたかな」
それらしいことを。
と言うかまぁそうなるよなぁ、謳歌するような夏など存在しなかったのだから。
「まぁ私も去年とかはずっと訓練してたから人のこと言えないけどさ」
「訓練の成果がちゃんと出てるのはいいことだよ。最初の時も、最後の時も」
……十人弱の人員を失った、ニードの初めての指揮。
本当は、ニードはちゃんとやれてたんだ。
実際に悪かったのは私達の連携、そして相手が予想を上回ってた。ただそれだけだった。
ただ一人で支部に帰った時の目が怖かった。
どんな事を言われるのか、仲間からなんて顔をされるのか。
恐怖でいっぱいになりながら帰って、ニードに報告した時。
深々と頭を下げられて、そんな中で仲間も批判なんて出来るわけもなく。
そこから信頼を取り戻そうと、そして逃げようと。
ニードに誘われた時、とてもいいチャンスだと思った。
補佐を口実にして他の人間から逃げることが出来た、少しずつ戻していけばいいと思ってた。
それが、今では違う。ニードの補佐をしているんじゃない、私は。
「ニードの側に居たいんだ」
「……え?」
思わず口にしてしまった。
「あっ、違う!ちが、違わない……」
「ラーグ、ちょっといい?」
二人共立ち止まる。
ニードは私の顔に自身の顔を近づけてくる。
待って、このタイミングでお前……!
「うーん、平熱かな」
期待した私がバカだったよ。
……期待?
「人を何だと思ってるワケ?」
「いや、最近考え事が多いのはもしかしたら熱で思考回路が溶けてるのかなって心配してたんだよ」
思考回路は確かに……今自覚した。
甘く甘く、溶けていた。
「はぁ、どうせもう私達以外人っ子一人居ないんだから熱出たら休むよ」
「確かにそれもそうか」
ぶん殴ってやろうか。
人がどれだけ、あんたのことを……想ってるんだと。
……でも、言えやしない。こんな感情に気付いたところで。
「でもね、ラーグ」
ニードが私を真剣な眼差しで見る。
「僕も、ラーグの側に居たいんだよ。これだけは覚えておいて」
「……どう言う意味?」
嬉しいとは思うけど、意味にもよるぞ。
「あー、うん。外で話すことじゃない。一度戻ろうか」
「内容によってはぶん殴るからね?」
本当に、本当にぶん殴ってやる所存。
***
お互いに黙ったまま司令室まで戻ってきてしまった。
ニードが紅茶を淹れる間、どうにか落ち着こうと呼吸を整える。
「はい、ラーグ」
「ありがと」
なんで、なんで隣に座るのさ。
「で、理由は」
「……あんまり良いことではないし、もしかしたら本当に殴られるかも知れないけどさ」
ニードは角砂糖を紅茶に入れながら話す。
「話さなくてもぶん殴るけど」
「あはは、ラーグに殴られたら流石に困るなぁ」
ミルクを入れながら苦笑いするニード。
私も紅茶に適当に角砂糖を入れて飲む。
「ラーグの事が好きなんだ」
ゲホッ、とむせてしまう。そして――
「痛い!本当に殴ること……いや、そうだよね」
殴ってしまった。あまりにもあまりにも。
恥ずかしすぎて、この紅茶よりも赤く染まった顔を見られたくなくて。
「ごめん、ラーグ」
起き上がりながら謝るニードの口を塞いでやる。
「これが答えでいい?」
「あはは、ニードらしい答え方だ」
無言で二人で紅茶を飲む。
「ねぇ、ニード」
「……どうしたの?」
ふと思ったことを聞く。
「もしもさ、こんな世界じゃなくて。違う世界だったら。私達どうなってたんだろうって」
「出会えてた前提で?」
うん、と首を振る。
「多分、ここまでの感情は抱いてなかったのかも知れない」
「……吊り橋効果?」
それもあるかも、と笑いながら。
「でも、平和な世界で二人で暮らせるんだったら……って思うことはここ数日で何回もあったよ」
「……そっか」
平和な世の中で、恋人になれたら……か。
「だからさ、ラーグ」
「何?」
ニードはまた真剣な眼差しで私を見る。
「あと少しの間、好きで居て良いかな」
「はぁ、今更聞く?そう言うこと」
それもそうか、とニードは溢しながら。
「私だって好きなんだから、ニードもそれに答えてよ」
「……わかったよ、ラーグ」
少し前までは背中を預ける仲だったのが。
これから、少しだけの間。お互い向き合う仲に変わる。
とは言え。
特段なにかするわけでも何もなく、お互いの生活は変わらない。
ただ、起きてお互いにおはようと交わして、おやすみと交わすまでに好きなことをする。
それだけの生活が毎日続いていた。
一つだけ変わったことと言えば、ベッドが狭くなったことくらいだろうか。
***
そんな生活を送ってる数日間、少しずつ人口は減っていき。
突如としてビープ音が鳴り響く。
私とニードは急いで司令室に駆け込む。
『残り人類:二名』
あはは……ついに、ついにこの時が。
来てしまった。
「……最後の人類だね」
「夢が叶う時が来たかぁ」
お互い、内心は違う。
苦しい、苦しい、少なくともまだ、死にたくはない。
そう思っているはずだ。
少なくとも私はまだ、ニードと離れたくない。
あと少しだけでいいから、ニードと一緒に居たい。
そう思ってしまっている。
「ねぇ、ラーグ」
「……何?」
ニードはまた、私をいつもの眼差しで見る。
覚悟を決める時が来た。
「明日の夕方」
「わかった」
あと一日と少し。
それが私達に残された、恋人として、人類としての猶予だった。
泣きそうになりながらも堪え、ニードのことを抱き寄せる。
ニードは優しく私のことを包み込んでくれる。
数分の膠着状態が続いた後、ニードからキスをされる。
甘い、紅茶の味がした。そして、苦い思いをした。
好きで好きで仕方がない、それが実ったというのに。
現実はあまりにも残酷で。
そして、私は本当に愚かな人類だ。
だからこそ、ちゃんと滅びなきゃいけない。
「ラーグ、好きだよ」
「バカ」
もう二度と、そんなバカみたいなことを言わせないように。
永遠と口を塞いでやろうか。
その日の夜。
ニードは私を連れて少し高い丘の上に行く。
「ここが明日の最後の場所」
「いい眺めじゃん」
何の明かりもないその丘の上からは。
星がキレイに見えたはずなのに。
嫌な雲で薄っすらと陰り、月明かりとほんの少し明るい星が見える程度になっていた。
「この後、地球はどうなるんだろうね」
「……核の冬、長い氷河期とも言われてるけど。私達にはもう関係ないでしょ」
それもそっか、とニードは私もたれかかる。
戦ってきた頃とは違う背中の預け方。
別の安心感がして、別の緊張感が漂う。
「もし仮にあの世があったとしたら?」
「その時は一回ぶん殴ってやるよ、痛いかどうか」
どこまでもラーグで安心したと言われるので後頭部で後頭部を叩く。
「それはお互いに痛いでしょ」
「貧弱ニードとは訓練のされ方が違うのよ」
痛いのは心だよ。
昔なら、もっと星が見えてたはずなのに。
人類が居なくなって、もっとキレイに見えるはずなのに。
皮肉、皮肉にもほどがある。
そして、明日がやってくる。
「おはよう、ラーグ」
「おはよ」
最後のおはよう。
「まだ時間はあるからゆっくりしてようか」
もう時間はないんだよ。
「ニード、最後にして欲しい事とかある?」
「うーん……笑ってて欲しいかな」
こいつは、本当に。
バカだ、愛しいバカだ、どうしようもないくらいに。
「だから、なんでいつもその答え方をするのさ」
「不器用だからうまく言葉に出来ないの。でも、伝わるでしょ?」
うん、十分なくらいに。と返される。
人類が滅びるまで、あと半日。
拳銃の用意は済んだ。
薬の用意も済んだ、二回分。
お互い、黙って頷くと車を出す。
あの丘へ向けて。
***
黄昏の空の下、木陰に座る。
「頼んだよ、順番は覚えてるよね?」
「一言一句復唱出来るくらいには」
それならよかったよ、とニードは私に腕を差し出す。
「一剤の投与を開始、対象はニード」
「了解、処置を――開始します」
嫌だ、嫌なんだ、こんなこと……したくないのに。
「それじゃ、少し先に。待ってるよ、ラーグ」
私は泣き出しそうになるのを抑えながら、ニードに注射をする。
段々ニードの瞳から光が抜けていく。
「……二剤の投与を行います」
誰にも聞こえない、誰も聞いてない。
なぜなら、発音できていないのだから。
核の雲以外は晴れているというのに、大雨が止まらない。
でも、止めることは出来ない。ニードの為に。
『一剤だけで済ませるとその後の後遺症が酷いんだ、だから確実に終わらせなきゃいけない』
ニードに習った一番重要な部分。
愛する人を苦しませない為に、丁寧に。愛を込めて処置を行う。
「バカがよ……」
完全に光を失ったニードの瞳を見ながら。
最後のキスをする。
「あぁ、これで人類は滅びるんだ。終わるんだ」
早く、ニードに会いに行かないと。
「……安全装置解除、残弾確認完了。処置を行います。対象、ラーグ」
自分に言い聞かせるように、終わりを告げるように。
「ありがとう、ニード」
――私の意識はそこで終わる。
『処置の完了を感知――残り人類は不在。人類は滅びました――』
大暑に散りゆく花々と凍える黄昏で迎えた春 るなち @L1n4r1A
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