大雨時行

 先程の戦闘の結果だけ要約する。

 この地域の全ての正規軍を倒すことが出来た。

 僕達は、この地域では勝利した。

 と言う文字だけ見れば良いのかも知れない。

 叡智軍に残された人間は。

「ニード、よく死ななかったねあの状態で」

「あれはラーグが援護してくれたからだよ。アレがなかったら流石に全滅してたのはこっちだ」

 この二人だけである。

 あらかたの物資をかき集めるとトラックに乗せて支部に戻る。

 誰も居ない、僕達二人だけの支部へ。



「ニード、残りの人口ってどれくらいなの」

「今計算させてる所だよ。多分思ってる以上に減ってると思うけど」

 ピピッっと音がなる。計算が終わったみたいだ。

『残り人類:およそ百名』

「……は?」

 データをよく見る。

 この様な見捨てられた地域において、同じようなゲリラ戦が乱発していたらしい。

 もうすぐ――人類は滅びるんだ。

「ニード、どうするの?私はニードの処置を知らないからなんとも言えないんだけど」

「今すぐにでも、と言いたい所だけどそれは出来ない」

 このエリアはもう居ないのに?と聞かれる。

「居ないからこそ時間稼ぎが出来るとも言う」

「……わかんないけど、それくらいは付き合うよ」

 理由は――言えない、こんな単純な理由で足掻くだなんて。



 少なくともこのエリアに驚異は無い。

 あるとすれば、来たるべき核の冬。

 そして、その前に。

 久々に羽根を伸ばして夏を感じておきたかった。

 実際問題、平均気温は下がり出してる。

 一般的に言えば冷夏なのかもしれないけど、こんな冷夏があってたまるか。

「ニード、暑い。なんで外で太陽光発電みたいな真似してんのさ」

「滅びる前に少しくらい学生気分になりたくてね」

 そんな理由で先延ばしにしてるの?と笑われる。

「そうかも知れないけど、まだ理由はある」

「へぇ、聞いてみようじゃないの」

 え、言う流れなの?

「いや、それは」

「早く言いなって。誰も居ないんだから」

 キミが居るからこそ言えないんじゃないか。

「早く、じゃないと引きずって司令室に鍵かけて閉じ込めるよ」

「わかったからその手を退けて……」

 諦めてラーグに説明する。

「は?え?バカなんじゃないの?」

「聞いておいてその反応はとても傷つくのですが」

 そんな理由で二人だけ滅ぼさずに生きてるだなんて。

「でもまぁ、私も似たような理由はあるから良いんだけど」

「それって何?」

 言わないとフェアじゃないね、とラーグが笑いながら。

「どうせなら最後の人類になりたくてね」

「ラーグらしいや」

 この一ヶ月もしない間に、お互いの距離はとてつもなく近くなった。

 もしも、このままの関係で。滅ばずに居れたら……。

 そんなことを考えてしまう自分が居た。



 ビープ音がなる。

 急いで司令室に二人で駆け込む。

『残り人類:二名』

「あはは……あはははは!本当に、本当にそうなっちゃったのか」

 ラーグは腹を抱えて笑う。

「じゃあニード。処置を教えて。私は銃殺だから自分で出来る――」

「――ラーグには出来ないやり方なんだ」

 え、とラーグは固まる。

「……自分で、だよ」

「あー、最後になれなかったか。残念だ」

 ラーグがそうしたいなら――と言おうとする口を塞がれる。

 ……。

「一番楽な処置でお互い終わりたいでしょ」

 そんなことした後にそんな事を言うなんて、卑怯だ。

「だから、あと一日だけ。お互いに」

「うん、最後だからこそ楽しもう」

 明日の夕方、人類は滅びることになった。




***




 黄昏る丘の上。

 一本の大きな木がそびえ立っている。

「正直、怖くなってきちゃった自分がいるんだよ、ニード」

「僕も怖いよ、二回も撃たなきゃいけないんだから」

 そうだね、と笑いながらも……少しずつ涙が溢れるラーグ。

 まるで、夕立が降ってきたかのように、ポツポツと。

「あはは、ニード楽しかったよ。なんだかんだあったけどさ」

「僕もだよ、ラーグ。あんな変な理由で付き合わせちゃってごめんね」

 謝ること無いよ、とラーグの声が少しずつかすれていく。

「なんでそんなに泣いてるのさ、お互いの夢だったのに」

 ラーグはただひたすらに泣く。

「わかってるって、すぐに終わらせるから」

「……処置は任せたよ」

 それだけ、託されて。

 懐から、拳銃を取り出し――

 ――バンッ。

「残されたこっちの身にもなって欲しいよ」

 事切れたキミを優しく撫でながら。

 優しく、最後のキスをする。

「ごめん、少しだけ遅れるけど許してね」

 煙草に火を点け、吸う。

 これが、人類の終わり方。これが、正しい終わり方なのかはわからないけど。

 ようやく人類は滅びるんだ。

「それじゃ、一緒に眠ろう。ラーグ、おやすみなさい」

 そこで、僕の意識は途切れた。


『処置の完了を感知――残り人類は不在。人類は滅びました――』

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