土潤溽暑

『こちらセーフハウスアルファ』

 一つのセーフハウスから通信が届く。

「暗号化プロトコルの整合性を確認、続けて」

『ベータの方向に数人の正規軍を確認、指示を』

 どうすべきか。一度ベータに聞いてみるしか無い。

「暗号化プロトコル展開、ベータ応答を」

『プロトコル正常動作確認。こちらセーフハウスベータ、何か問題が?』

 そちらに正規軍が、と返す。

『アルファの助けも借りたい所ですがこちらはこちらで対処します』

「だってさ、アルファ。とりあえず一旦保留にしよう」

 アルファに通信を返す。

「……アルファ?どうしたんだ!セーフハウスアルファ!」

『――――』

 通信が帰ってこない。これは……!

 急いで空撮ドローンをアルファ方面に向かわせる。

 数分後、映像に映ったのは多数の死体だった。

「……痛み分けか」

「ラーグ、ベータはどうなってる?」

 任せておいたベータ方面のドローンを確認する。

「こっちもダメだ、数人だけ叡智軍の残存を確認。通信する?」

「急いで繋いで!」

 ラーグは暗号化プロトコルを起動させ、セーフハウスベータに連絡を取る。

「こちら第八支部、ベータ応答を」

『暗号化完了、三人……だけだ』

 ……正規軍相手にそれだけ生き残れてるだけまだマシだ。

「セーフハウスガンマ或いは支部に帰還を」

『負傷者が一名、こいつはどうしたら良いんだ』

 ……戦力にはなれそうにない、ってことか。

「その人の処置は」

『……薬殺だそうです』

 支部から回収部隊を送るからそれまではベータで待機を、と指示を出し通信を切る。

「さて、誰を回すべきか……」

「私達で行っちゃダメなの?」

 それは指揮の影響に、と言いたい所だけど。

 現状この支部にそんな余裕はない。

「わかった。行こうラーグ」

「了解」

 襲撃時のプランはある程度用意してあるし防衛設備も多少は揃ってるから大丈夫だろう。

 急いで車に駆け込む。

「ラーグ、運転は?」

「出来るよ。ニードは案内をお願い」

 マップを開きナビを開始する。

 ラーグの運転は少し荒いも、ある程度の速度を維持し続けている。

 これなら後少しで到着出来るだろう。

 セーフハウスが見えてくる所でタブレットを操作する。

『ハッシュチェック――完了。認証されました』

 セーフハウスの防衛設備を一時的にロックさせる。

『指揮官、もうすぐ着くのか?』

「うん、あと一分くらいで。急いで準備を」

 了解、と通信が切断される。

「ところでニード、人類って後どんくらい居るの」

「……確か一万くらい。こう言う小さいエリアで消耗戦が続いてる状態だよ」

 なるほどね、とセーフハウスに車を停めるラーグ。

「ちょっと狭くなるけどごめんね、物資は?」

「先程の戦闘で殆ど消耗してしまいました」

 うん、大丈夫だよと落ち込む仲間を激励しながら。

「アルファ壊滅、ベータは破棄。支部に帰還し負傷者に処置を行います」

「ありがとう……指揮官。私は少しでもお役に立てたでしょうか……?」

 怪我をした女性が苦しそうに声を出す。

「うん、本当にありがとう。後少しの辛抱だから」

「それなら、何よりです……」

 そう言うと女性は横たわる。意識を失っただけだろう。

 それっきり、車内は無言になる。

 当然だ、もう一時間もしないうちに処置を行われる仲間が居るのだから。

 無言のまま、支部に戻る。

「戻ったよ」

 やはり仲間達の顔も曇っている。

 車から降りてきたラーグに頼み事をする。

「はいはい、何すりゃいいの?」

「この子を部屋でベッドに寝かせて、服を着替えさせて欲しい。楽な格好、半袖が好ましい」

 その間に僕は倉庫から薬を用意してくる。念の為どれがふさわしいのか先にチェックをしながら。

『ニード、準備は出来たよ。彼女も起きてる』

「わかった、今行く」

 部屋に向かい――横たわる女性の隣に行く。

「……力不足でごめん。最後に何かある?」

「みんなに、一緒に戦ってくれてありがとうと伝えてください」

 それだけ言うと彼女は腕を差し出す。

「ラーグ、外に出てて良いんだよ。これは僕がやらなきゃいけない事だから」

「自分で言ったでしょ、側にいろって」

 それもそうか、と思いながら。注射器をケースから取り出す。

「おやすみなさい、良い夢を」

「……おやすみなさい、指揮官さん」

 薬を注入する。

 数分後、彼女の意識は途絶える。

「これで終わり?」

「いや、ここから。今は意識を失わせただけに過ぎない。確定的なものが必要」

 そう言いながら二本目の注射器をケースから取り出し……注入する。

 苦しい、とてもとても、苦しい。

 それが正しい処置だとわかっていても、それが彼女の為だとしても。

 自分自身が苦しい、今まで一緒に戦ってきた味方をこの手で眠らせなければいけないのだから。

『バイタル停止を確認しました、処置の終了です』

「……ッ!」

 思わず胸が張り裂けそうになる。

 その時、ラーグが後ろから肩に手を乗せる。

「ニードだけの苦しみじゃないよ」

「……ありがとう」

 ラーグが声を掛けてくれなかったら今頃どんな事になっていたかわからない。

 だって、声を掛けてもらっても。

「そのまま司令室に戻りな。みんなには私が説明しとくから」

 黙ってうなずくことしか出来ない。

「指揮官がそんな顔見せちゃダメだし、見せたくは無いでしょ?」

 ただひたすらに、ラーグの心遣いに感謝するしか無い。

 部屋を出るとラーグとは正反対の方向、司令室に向かう。

「……疲れた、一回休息を取らないと――」



 気が付いたら司令室の机に突っ伏して寝てしまっていた。

 今の時刻は、戦況は、えっと。

「起きた」

「うわっ!?」

 ラーグが隣に座っているのに一切気が付かなかった。

「三時間半くらいかな、戦況に動きは無し」

「あ、ありがとうラーグ。もしかして」

 ずっと横で見てた、と笑われる。

「流石に無防備すぎだよ。私が居ないと本当にダメだね」

「やっぱりアレをした後は……疲れるよ。誰だってそうだと思う」

 そうだね、私も多分無理とラーグは笑う。

「ラーグは寝ないの?そろそろキミも仮眠を取らないと」

「何、寝顔見てた代わりに寝顔見せろって?それ女の子に言う?」

 違うよ、と苦笑いしながらラーグの目に出来たクマを心配する。

「しばらく盤面は動きそうにないし、動き出した時には全力で力を借りたいから」

「はいはい、まぁ見てても良いけどさ。そこのベッド借りるね」

 そう言うとラーグはベッドに潜り込む。

 素直じゃないよなぁ、本当にと思いながら。この一週間ちょっとを思い出す。



 数日毎に正規軍のドローンが飛んでいる様子を確認するし、それを毎回撃ち落としているのは今までの日常と同じ。

 ただ、少しずつ少しずつ。正規軍も叡智軍も、消耗している。

 セーフハウスはあと二つ。それぞれ五人ずつ。

 そして支部には僕達を除いて十人ちょっと。

「これじゃ、結局何しても変わらないんじゃないのか」

 世界中のデータを確認しながら、呟く。

「もしかしたら最後に残るのはここだったりするかも知れないな、なんて」

 そう思ってた矢先に。

『指揮官、また一つ他のエリアが両方とも全滅したそうです』

「ミサイルの打ち合い?豪華な事するよね」

 一つ一つ、国が、地域が滅んでいく。

 これが正しい道だと言うのに。

 幸いにもこの地区にミサイルなんて大層なものは存在しない、はずだ。

 それほど重要視もされず、本部からもどうでもいいと扱われているのは両軍共にだろう。

「仕掛けるしかないか」

 作戦を練る。どうせ滅びるのであれば、こちらからも打って出てやろう。

 ラーグが起きるまでには作戦を完成させなきゃいけない。



「おはよニード。作戦?」

「ラーグ、起きてばっかりで悪いんだけど。総力戦に出るよ」

 はぁ、ついにかと吐き捨てられる。

「遅いんだよ決断がさぁ」

「早すぎても相手の人数が多けりゃこっちが負けるだけだから」

 ま、それもそうか。と納得されたので二人で作戦室に向かう。

 作戦概要を伝え、総員で出撃する。

「さて、みんなの力見せてもらうよ」

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