愛が重い幼馴染と穏やかな朝のひと時。

さーど

朝から最愛の幼馴染

 外はまだ薄暗く、涼しい風が窓から吹き込んでくる、なんでもないいつもの早朝。

 特に切っ掛けは無く、僕は意識を覚醒させて上半身を起こしていた。


 起きたばかりのため意識はまだ朦朧もうろうとしていて、行動を移す意欲があまり出ない。

 だからといって二度寝はしないけれど、このままぼーっとしていたい気分だ。


 だけど、上半身を起こして何もしないっていうその状態がやけに居心地が良くて。

 完全に意識を落とさないようにしつつ、僕はそれを堪能たんのうすることにしたのだった。



 □



 <ガチャリ>


 あのまましばらく経つと、ドアを開く音が聞こえ、僕は意識を改めて覚醒させる。

 平日なのに焦ることをしなかった理由は、この音が後に響くのが分かっていたからだ。


 今更おそってくる眠気を噛み殺しつつ、僕は入口の方に振り向く。

 そこには、昔からずっとそばに居る、制服に身を包んだ幼馴染の姿があった。


「おはよう、琴音ことね


 その姿を見て頬を緩ませながら、僕はそう軽い挨拶をする。


 ──白雪琴音しらゆきことね。父が北欧人のハーフで、銀色の髪と碧色の瞳を持つ少女だ。

 整った容姿と凹凸おうとつが極端なプロポーションを持ち、我が高校では絶大な人気を誇る。


 これ以上の長々しい説明は読むのも億劫おっくうだと思うし、ここは省かせてもらう。

 そんな彼女と僕の関係はいうと、先程述べた通り小さな頃からの幼馴染だ。


 琴音は上半身を起こしている俺を見るなり、むう、と分かりやすく頬を膨らませた。


「おはようございます……寝顔を見に来たのに、今日も先に起きていましたか」


 こちらとしては何とも避けたい理由を堂々と言われ、僕は今日も苦笑を浮かべる。

 まあ、彼女が『今日も』と言っている通り、いつものことではあるのだけどね。


「時間に余裕はあるのですし、起きても二度寝してくださっていいのですよ?」

「いや、やめとくよ。琴音を見るまでの時間を遅らせることになってしまうし」


 首を横に振りつつ、彼女が求めているであろう答えを迷いなく返した。

 求めているであろう、とは言っても、僕の本音であることは先に言っておく。


 その言葉を聞いた彼女は、ほんのりと頬を赤らめて嬉しそうに微笑んだ。


「もう、湊くんったら。そう言っても、私との結婚義務しか出てきませんよ?」

「『しか』と言うほど小規模じゃないけど。いずれ、責任が持てる歳になったらね」


 早速と来た愛の重い発言に、僕は特段慌てることもせずにそう返す。


 すると彼女は、更に笑みを深めてから、ゆっくりとこちらに近づいてきた。

 その頬は、明確に赤くなっている。


 そのまま目の前まで来ると、琴音は足を折り曲げてそこに座り、目を閉じた。

 その表情は何かを期待しているようで……言わずもがな、それは僕に向けられている。


 ……ただ、一人気分を上げているようだけれど、それに答えることは出来ない。

 少し名残惜しさを感じつつ、僕は行動に移さぬまま苦笑を浮かべた。


「琴音、僕はまだ口を濯いでないんだけど」


 起床時の口内は細菌の溜まり場。今や少し有名となっている日常生活においての雑学だ。

 その状態で接吻せっぷんともなれば……本当に名残惜しくあれど、僕は双方の身を優先する。

 

「………」


 賢い彼女も無論のことそれは知っており、それを聞くと静かに身を引いた。

 その顔は別の意味で赤くなってるのが明確で、僕はあとでおびしようと心に決める。


 ……白雪琴音は愛が重い。

 気がついてたら身に染みていた事実、この際に言っておこうと思う。


 彼女は毎日、こういった遠回しなプロポーズや過剰なスキンシップを求めてくる。

 無論のこと独占欲も強く、彼女としては僕をマーキングしたいという意図がある模様。


 こうなった原因に心当たりならある。


 前述の通りハーフな琴音は、日本では異質な見た目ゆえ小さな頃は友達が少なかった。

 今の子ども達は分からないが、僕の幼少期はみんなそういうものだったんだ。


 けど僕は、逆にそんな彼女の事が気になっており、根気強く交流を続けていた。

 最初は全く相手にして貰えなかったのも、今となっては懐かしい思い出なのは間違いない。


 けども、多忙な親のお陰で心の居場所が無かった彼女は、その居場所を僕にしたようで。

 居場所の無いことの辛さを知る琴音は、今こうして僕に執着してきている。


 だけど僕、ただの高校二年生である渡瀬湊わたらせみなとにとってはそれは幸運なことなんだ。

 長年彼女と交流し、彼女の魅力の多くを知る僕も彼女に惹かれている。


 ただ、愛が重いのは大変だと考えると思う。

 そういう物語で、そんなヒロインに辟易としている主人公はよく見るしね。


 ただ、僕はそんなことは思わない。

 愛しているからこそ、その愛を受け取れるのは僕にとって嬉しい。


 尤も、琴音は血液や髪の入れた料理や、監禁をしてくるわけじゃないし、そういうのをされる主人公の気持ちを否定はしきれないけれど。

 ただ、僕は愛が重いからって彼女のことを否定することは決してしたくないんだ。


 閑話休題。


「とりあえず琴音、今日も起こしに来てくれてありがとう」

「いえいえ、これも未来の妻である私の務めですから!」


 ふんす、と誇らしげに胸を張る彼女。

 少し迫力はありつつも、さりげなく先程僕が言ったことを言質としてとっている。


 未来も、こうして琴音が愛を込めて起こしてきてくれると幸せだな。

 そんな未来の想像を頭に浮かべ、僕は彼女と共に朝食へと部屋を出るのだった──

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