第6話 俺達は国王派だった。だから、心を開いてくれないんだ?

 そしてまっすぐに、自分の寝室に向かう。そこには未だに顔を青くさせたエーサクが待っていた。

「おい、エーサク。どういうことだ。何を隠している?」

「い、今、グレイストンって言ってましたよね。」

「ああ、それが何か?」

「その人には、ちょっと会いたくなくて、ですね。」


「ほーら見ろ、カナリア。やっぱり厄介事だ。突き出そうぜ、こっちに火の粉がかかる前に。」

「え、ええ!勘弁してください!」

「突っきー出せ!突っきー出せ!ぐはあ!」

「静かにしろ。どうするかは、この子の事情次第だ。」


 カナリアはエーサクの顔を覗き込む。こわばる少年の目を、真正面から見据えた。


「なぜ、会いたくないんだ?」

「僕はその人に追われているんです。」

「それは、なぜだ?あの貴族から何かを盗んだりとか…。」

「そんなことはしていないです!僕は、悪さはしていないです!ただ…。」


 エーサクの感情がむき出しになる。拳は震え、何かに耐えるように目がまばたく。

 懇願する姿は、人を欺こうとするようなあざといものではなく、心から助けを求める者のそれ。

 口から発せられる言葉は、少なくとも口先だけのその場しのぎではない。

 エーサクの揺れる瞳を、カナリアはじっと見つめていた。


「どうして追われているかも、わからないんですけど。」

「ひゃっはっはっは!何言ってんのか、さっぱりわからねえな、おい!」

「お願いです、信じてください!カナリアさん!」

でたらめ言うなブルシット!そんなの無理があるだろ!ゆ、う、ざい!あそーれ、ゆ、う、ざい!がは!」

「黙れ。まだわからないことだらけだが、この子が嘘をついていないのは明らかだ。」


 カナリアはエーサクから離れ、ベッドの側にしゃがみこんだ。ベッドの真下には円と直線が複雑に組み合わされた幾何学模様が描かれている。

 その中心に、カナリアは手をかざした。

 ガコリ

 床板の一部が外れ、穴が開く。カナリアはその中からスクロール状の羊皮紙を取り出し、元通りに板をはめた。


「エーサク。一旦は君の事を信じる。」

「ほ、本当ですか。」

「ただし、後で必ず話を聞かせてもらうぞ。いいな。」

「…はい。わかりました。必ずお話しします。」


 少年が真剣な面持ちで頷くのを確認し、カナリアはサウルの元へと戻っていった。

「お待たせいたしました。」

 外に出ると同時に、扉を閉めるのを忘れない。


「中に誰かいるの?なんか話し声が聞こえていたけど。」

「お気になさらず。それよりこちらを。」

「ああ、ちょっと開いてくれる?悪いけど。」


 そう言いつつ、サウルはぽんぽんと自分の体の右側を叩く。通常なら右腕があるはずのその場所からは、重なった布を叩くような、こもった音が返ってきた。


「隻腕なのですか?」

「そ。例の内戦でやっちまってね。」

「…わかりました。では。」

 カナリアは羊皮紙の紐を解き、サウルの前に広げた。

 サウルはにこやかに礼をいい、その中身を詳細に確認し始める。


「ふーん。なるほど。問題はなさそうだね。」

「ご理解いただけましたでしょうか。」

「でも、意外だね。君は軍の方にいたんだ。内戦の功績でここに住むことが許された、って書いてある。」

「…。」


「俺達は国王派だった。だから、心を開いてくれないんだ?」

「そんな事はありませんよ。」

「ふーん?くっくっく。」

 カナリアはサウルの視線から避けるように、顔を背ける。サウルは面白そうに、笑顔を浮かべていた。


「別に今更、恨み言とかを言うつもりはないよ。ただの確認さ。んじゃ、俺はこれで帰るよ。」

「…どうぞお気をつけて。」

 ひらりと左手を振り、最後まで笑顔のまま、サウルは去っていった。


 その背中が見えなくなり、靴の音が聞こえなくなるまで、カナリアは見送った。それは名残惜しいからではなく、面倒事の種が消えるのを確認するまで、気が休まらないと思ったからだ。

「やっと去ったか。」

 ようやく相手が完全に去り、カナリアは深く、大きく、ため息をついた。


「今日は散々な一日だった。」

「ひっひっひ。災難続きだったなぁ。」

「あの、カナリアさん。」

 家の中に入ってみると、ドクロンを手に持ったエーサクが立っている。カナリアと目が合うや、ぺこりと丁寧に腰を折った。


「助けてくださり、ありがとうございました。」

「礼には及ばない。正直な話、あの騎士が気に入らなかったというのもあったからな。」

「それでも、助かったのは事実です。本当にありがとうございました。あなたは僕の命の恩人です。」


 わずかに目元を潤ませながら、微笑むエーサク。心からの感謝の念と安堵がこもった表情。それを見ると、カナリアは胸の中が温かいもので満たされるのを感じた。

 ―ああ、この感じ、久しぶりだな。

 とはいえ、この少年がどんな事情を抱えているかはまだわからない。カナリアは咳払いをして、気を引き締めた。


「まあいい。それよりも、ここをなんとかしよう。」

 静かに指を一振り。すると、天井に留まる光球がその光度を増し、部屋の中を一層明るく照らし出す。


 加えて、部屋のいたるところでひとりでに物が動き出す。


 倒れていた椅子は起き上がり、ぐしゃぐしゃになって床に落ちていた衣服は丁寧にたたまれてタンスの中に収まっていく。

 戸棚の奥から鍋が出てきて、自然とかまどの上に鎮座する。

 さらに、水の入った瓶と豆の入った袋が鍋の上から中身を注ぎ始める。ほどほどの量で鍋が満たされると、かまどに火が灯り、豆を煮始めた。


「うわわ…。」

「遅くなってしまったが、もてなすよ。客人。」

 呆気にとられるエーサクの姿を見ながら、カナリアはそっと微笑む。一方のエーサクは、しばらくの間、カナリアの魔法に見とれてその場を動かなかった。

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