第5話 僕の事は言わないでください。


「それで、君はどうしてここにいるんだ?」

「実は、この家の近くを歩いていたら、あの男の人達に捕まってですね。」

「じゃあどうして、こんな森の中を歩いていたんだ?」

「それは…。」


 その質問にいたると、少年は困ったように表情を歪めた。パクパクと口を動かし、何かを言おうとしているようだが、言葉が出てこない。その姿は何かを躊躇っているようにも見えた。


「ええっと…。」

「なんだ、言えねえのか?小僧。」

「いや、それがですね…。」

「ぐずぐずしてねえで、さっさと吐きやがれ。まどろっこしい。」

「あの…さっきから疑問に思っていたんですけど。これ、あなたの腹話術ですか?」

「んなわけねえだろうが、馬鹿野郎!これも立派な魔法だよ!」

「え、え?魔法?」


 目を見開いて驚くと、少年はドクロンの顔をぺたぺたと触り始めた。


「おいてめえ、何すんだ。」

「うわ…本当に喋ってるんだ、これ。信じられない。」

「いい加減にぶっ飛ばすぞ!って、あいてえ!」

「子供相手にむきになるな。騒がしい。」


 カナリアは少年の見た目を改めて観察する。

 華奢な体格と中性的な顔立ち。着ている服装となんとなくの雰囲気で少年だと判断したが、髪を伸ばせば少女と間違えてしまいそうだ。

 そして、特徴的なのは黒い髪と黒い瞳。それに加えての浅黒い肌。顔つきも相まってどこかエキゾチックな印象が醸し出されている。

 ―この国の人間ではなさそうだな。


「まあ、話せないなら無理に話さなくてもいい。それで君、名前はなんと言うんだ。」

「エーサクです。エーサク・シノヤマ。」

「そうか。やはり外国の名前だな。私は、魔法士名『水晶ドクロ』だ。」

「水晶ドクロ?それは、本名ですか?」

「そんなわけが…。まあいい。呼びづらいなら、本名を教える。私はカナリア・スコットだ。こっちならどうだ?」


「えーっと…カナリアちゃん?」

「…なぜ初対面なのにちゃん付けなんだ。」

「じゃ、じゃあ…カナリアさん。」

「うむ。よろしい。」

「おい、いいのか。そんなあっさり本名をばらしちまって。」

「構わないよ。この子は信用できる気がするんだ。」

 少年の黒い瞳を見ながら、カナリアは答える。


 少年の瞳は汚れを知らないかのように澄み切っていて、人の良さと素直さがよく表れている。さきほどの言動を思い返しても、とても優しい心根を持っていることはわかる。

 大半は直感というしかないが、彼は信頼できるという確信があった。


「まーた情にほだされやがって。どうなっても知らねえぞ。」

「うるさい。私の好きにさせろ。ああそうだ、エーサク。こいつは水晶玉に宿ったゴーストのドクロンだ。」

「け、今度生意気言ったらただじゃおかねえぞ。クソガキ。」

「えっと、よろしくお願いします。ドクロン。」

「おい、なんで俺様にはさんが付かねえんだ。」

「やめろ。お前なんか、それで十分だろう。ところで君は…。」


「おーい!『水晶ドクロ』殿。」

 話が本題の入ろうとしたその時、ノック音とともに再び聞こえてくる男の声。

 先ほどまで話していた騎士、サウルだ。


「まだ帰っていなかったのか、あの騎士は。だが、ちょうどいい。」

「え、騎士…?」

 その瞬間、エーサクの顔が青ざめる。


「君も一緒に来い。君の事を…。」

「す、すみません。ちょっと先に行ってきてくれませんか。」

「ああ?まさか、厄介事か?」

「そ、そういうわけではないんですけど。…様子を見てきてもらえませんか。」

「別に構わないが…。」


 エーサクの顔色が急変したことを訝しがりつつも、カナリアは立ちあがる。ドクロンと少年をその場に残し、玄関の方へと歩いて行った。

「どうかされましたか、騎士様。」

「いやー悪いね。呼び立てちゃって。」


 ドアを開けると、すぐそこにあの長身の姿が立っていた。

「確認したいことがあってね。この森はグレイストン伯爵の立派な領地だ。そのど真ん中に住んでいるようだけど、許可は得ているのかなぁと」

「もちろんです。正式な手続きを踏んだ上で、私はここに住んでいます。」

「証拠ってある?確認したいんだけど。」

「それは、グレイストン様に確認していただくこともできるはずですが。」

「まあまあ、そう言わないでさ。ちょっと見せてくれるだけでいいから。部下の方から、念のために確認しとけって言われちゃってさ。」


 サウルが後ろにちらりと視線を送ると、もう一人の若い兵士が立っていた。にこやかに柔らかい表情を浮かべているサウルとは対照的に、こちらはカナリアの方へ硬い表情を浮かべている。


 一方のサウルも申し訳なさそうではあるが、その口調の裏には有無を言わせない強引さが見え隠れしている。

「頼むよ。ほら、俺の顔を立てると思って。」


 立っている場所も場所だ。カナリアのすぐ真正面に立っているため、押しつぶそうとしているかのような圧迫感がある。

 総じて鑑みるに、カナリアが応じない限りは立ち去ってくれそうにない。

 ―律儀なことだ。


 面倒なことになったと思いながらも、従うほかない。

 そこで、ふとエーサクのことを相談しようと思い立つ。カナリアは寝室の方を横目で確認した。

「わかりました。それと私もご相談したいことが…。」


 その時、半分開いた寝室の扉越しにエーサクと目が合う。

「―っ。」

 見開いた目。青ざめた顔。震える唇。

 エーサクはカナリアの目を見ながら首を横に振った。

 ―僕の事は言わないでください。

 言葉はなくとも、言いたいことは嫌というほどに伝わってくる。


「ん?どうしたの?」

「いえ…。」

 なぜこうも次から次へと面倒事が降りかかってくるのか。

 そんな自分の境遇を嘆く暇もない。カナリアは心の中でため息をつくに留めておいた。


 ―ひとまず、彼の事情を聞いてからにするか。

「…すぐにお持ちしますので、扉を閉めさせていただいてもよろしいでしょうか。」

「別に構わないけど、聞くほどのことかい?」

「私も女ですので。荒らされている家を騎士様にこれ以上晒すのは耐えられないのです。」

「ああ、そういうことね。」

「それでは。」

 言いたいことを早口でまくし立て、カナリアは扉を閉めた。

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