第4話 馬鹿を言え!生きている!

「なあなあ。お前、なんであいつの誘いを断ったんだよ。」

 帰宅する道中、ドクロンがこそこそと話しかけてきた。

「もったいねえって。玉の輿のチャンスだぞ?」

「興味ない。下らないことで茶化すな。」

「くっくっく。ああ、そうかい。それにしても、あんな奴らに敬語なんて必要か?」

「ああやって慇懃に振る舞った方が、話がすぐに終わって気が楽なんだ。」

「道理で棒読み口調だったわけだ。ひゃっはっは。」


 そんなことを話しながら、黙々と作業をしている兵士達の横を通り過ぎる。その時、ふと彼らの会話も耳に入ってきた。


 ―しかし、相変わらず元軍人ってのは野蛮な奴が多いな。

 ―しょうがねえだろ。所詮平民が武器持っただけの連中さ。

 ―はは、違いない。


「…。」

 知らず知らずのうちに、カナリアの手に力が入る。

 彼女の手元にあるだけに、ドクロンはそれを敏感に感じ取った。

「おい。言われているぞ、元軍人?」

「…黙れ。」


 不快な気分に耐えながらも道のりを歩ききり、カナリアはようやくの思いで数日ぶりの我が家へと帰宅した。

 そして玄関に入ってそうそう、トランクを床に下ろしたカナリアはため息をついた。


「これはひどいな。」

 魔法を使って手の平から光球を生み出し、天井を浮遊させて中を照らし出すと、室内の惨状がよくわかる。

 家中の扉が開け放たれ、その向こうは乱雑に散らかっている。戸棚の中を見てみると、その中にあったはずの食料もほとんど残っていない。


「あーあ、可哀想に。マジで同情するぜ、カナリア。」

「こいつ、他人事だと思って…。まさか、私の寝室も…。」

 胸の内を不安がよぎり、カナリアは寝室の扉を開いた。


「くぅ…。あ、い、つ、ら。」

 やはり、というべきか。寝室も荒らされていた。

 クローゼットは開け放たれ、中に入れていた自分の服が乱暴に引っ張り出されている。

 出かける前に、丁寧にベッドメイキングをしておいたというのに、シーツがしわしわになったまま放置されている。


「う…。」

 何より嫌だったのは部屋中から漂う、男の体臭。

「げほ、えほ、えほ。」

 耐えきれなくなったカナリアは窓を開けた。部屋の換気をすると同時に外の空気を思いっきり吸い込み、自身の肺の空気も入れ換えた。


「うう…。本当に厄介なことをしてくれる。」

「まあまあ、カナリア。元気を出せって。くっくっく。」

「お前はどこまで他人事なんだ。」

「ほら、そこ見てみろって。あいつらの置き土産なんじゃねえのか。」

「なに?」

 言われて、ドクロンの視線の先をたどると、ベッドの傍らに大きな麻袋が置かれていた。


「なんだ、これは?」

 カナリアは光球を手元に引き寄せつつ麻袋の側にしゃがみこむ。

 両手を使えるよう、水晶魔法で台座を作り、そこにドクロンを立てかけた。

「…。」

 麻袋はまるで巨大な蓑虫のような形をしている。それだけならば、特に気にとめなかっただろうが、よく見ると一定のリズムでかすかに動いている。


 ―生き物?まさか…。

 嫌な予感がよぎる。

 それでも決意を固め、カナリアは麻袋の口を開いた。


「…え!」

「おおっと、これはこれは。」

 中から現れたのは、人間。それも、まだ青年にもなりきっていないような少年だった。


「君、大丈夫か!?」

「…。」

 呼びかけても、返事がない。カナリアは急いで麻袋から少年を引き出した。


「おい、しっかりしろ!なんでこんなことに…。」

「まさか、死体か?あいつらが殺した…。」

「馬鹿を言え!生きている!」


 幸いなことに、息はしている。ただ、両手両足を縄で縛られた状態で、固く目をつむったまま動かない。

「おい、おい!」

「んん…。」

 軽く体を揺すると、ようやく反応が返ってきた。

 少年は数回のまばたきの後、焦点の合わない目でカナリアの事を見つめてくる。

 カナリアの青い瞳と、少年の黒い瞳が交差した。


「あれ…?ここは…?」

「よかった。目が覚めたか。」

「僕は…あ、そうだ!」

 意識がはっきりしてくると、少年は勢いよく体を起こした。


「ここは危険ですよ!やばい人達のすみかなんです!早く逃げないと…。」

「落ち着け!あの盗賊達なら、もう退治した。」

「…え?退治した?まさか、あなたが?」

「ああ、そうだ。怖かっただろう。安心していいぞ。」

「…よく言うぜ。情にほだされそうになったくせに、調子に乗りやがって。」

「黙れ、空気を読め。」

「へいへい。」


 小声で陰口を言うドクロンに、カナリアは睨みを利かせる。そのやり取りを少年は不思議そうに眺めていたが、すぐにカナリアに向き直った。


「でも、にわかに信じられないですね。あなたのような綺麗な人が…。」

「あと一つ訂正しておくが、ここは元々私の家だ。断じて、奴らのすみかなどではない。」

「そうだったんですね!道理で、この家の可愛らしい雰囲気には似合わない人達だと思いました。」

「…ま、まあな。私の自慢の家だからな。」

「おい、カナリア。顔が赤いぞ。って、ぐへえ!」

「と、とりあえず後ろを向け。今、自由にしてあげるから。」

「あ、はい!ありがとうございます。」


 ドクロンの顔面に一発食らわせた後、カナリアは指の先に水晶魔法を纏わせ、小さな刃を形成する。

 軽く指を動かし、少年の縄を断ち切った。

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