第3話 悪趣味じゃねえよ。よく言うだろう?他人の不幸は蜜の味ってな。
「死、ねえええええ!」
ならば、残った殺しの手段を行使するのみ。
頭領は自身のサーベルを手に、『水晶ドクロ』に向かって襲いかかった。
元軍人、というのは伊達ではない。風のように相手との間合いを駆け抜け、渾身の力でサーベルを振り下ろした。
それに対し、『水晶ドクロ』の対応はとてもシンプルだった。手に持った杖を横にし、サーベルの軌道に対して直角に構えた。
「うおおおおお!」
サーベルと杖が交差する。その瞬間、金属同士が衝突するような、激しく甲高い音が鳴り響いた。
「ん、んな、にいい!?」
少女の細腕のどこにそんな力があるのか、あるいは細身の杖になぜそんな強度があるのか、『水晶ドクロ』は頭領のサーベルを受け止めていた。
全身に力を込めて押し込もうとする頭領。だが、杖に打ち付けられた刀身は、それ以上前に進むことはない。
「なんで、一体、お前は…。」
頭領の顔が、驚愕に歪む。その時、
「どうしてこいつにお前の攻撃が効かないかっていうとだな。」
突然、少女の声とは全く違う、男のダミ声がその場に響いた。頭領は一瞬、虚を突かれるものの、その声がどこから聞こえてきているのか、すぐに理解することになる。
「それは、水晶魔法がこいつの体を守っているからだよ~!」
声は、杖の先から聞こえてきていた。『水晶ドクロ』が持つ杖の先についていたのは、ただの水晶玉ではない。
ドクロの形をしており、男の声に合わせて口が動いていた。
「な、なんだ、お前!いや、そうか、水晶…。」
そして、水晶という単語によってようやく頭領にも何が起きているのか、理解できた。
刀身と杖の境をよく見てみると、透明な水晶のような物質で杖の周りが覆われており、正確には杖ではなく、その水晶によって刃が抑えられていたのである。
そして、その物質は彼女の体の表面にも膜のようにして張られていた。
今、水晶で覆われた杖がサーベルを防いでいるのと同じように、先ほどの炎もまた、水晶の膜によって防いでいたのだ。
「ぎゃーははは!いやー滑稽だったぜえ?せっかくの切り札がおじゃんになっちまったときのお前の表情!ひゃはははは!」
水晶でできた顎骨をカタカタと鳴らせ、ドクロは高らかに叫ぶ。聞くもの全てを不快にさせる声色で。
「なんだと、この…。」
「なあ、今どんな気持ちなんだぁ?勝ったと思って爆笑してたのに、結局劣勢に立たされるってさあ!」
「くそ!だまれぇ!このぉ!」
「悔しいか?悔しいだろ?悔しいねぇ?ぎゃはははは!」
頭領はこめかみに青筋を立て、ドクロを睨みつける。だが、ドクロの嘲りは止まらない。
「ひゃっはっはっは。いやー楽しいな、脳みそ空っぽの奴を煽るのは。ひひひ、ひっひっひ。」
「くそー!死ねぇ!お前らぁ!」
怒りが沸点に到達した頭領は、歯を食いしばり、何度も何度もサーベルを杖に打 ち付ける。だが、水晶で覆われた杖を砕くことはおろか、傷をつけることさえできていない。
「無駄だよ、バーカ。その魔法は見た目は水晶でも、硬度は鉄以上だからな。お前なんかじゃ壊せねえよ。ひゃーはははは!」
「うるさい!くそ、こんなところで、俺は、俺はぁ!」
「…ドクロンがうるさいな。いい加減、もう終わらせようか。」
キン!
鋭い音が鳴り、頭領の持つサーベルが払いのけられた。
頭領は一瞬ひるむも、再びサーベルを振りかぶる。しかし、振り下ろす寸前、自分の手に持つ武器があまりにも軽いことに気づいた。
「は…。」
目を横にやると、サーベルの刀身が根元から切り落とされていた。自分のはるか後ろで、重いものが落下する鈍い音が聞こえてくる。
その音の源は何かなど、考える必要もない。
「あ、あああ…。」
震えながら『水晶ドクロ』の方を見ると、杖の周りの水晶が刃のように変化していた。
頭領のサーベルを難なく切り落とした少女は、冷めた表情のまま杖の先端を頭領に向けてくる。
「じゃあな、楽しかったぜ。」
絶望する頭領の目には、ドクロがにやりと笑ったような、そんな風に映った。
「これでとどめだ。」
そして、青い閃光が放たれた。
「ぐあ!」
電撃に貫かれた頭領は地面に倒れ、2回ほど痙攣した後に動かなくなった。
「ふう…。」
『水晶ドクロ』は辺りを見回した。残っているのは、自分と、10人の動かない男達。周りにはもう、動いている人影はいない。
「いやー、愉快な状況だったな、カナリア。ちょっと家を離れた隙に盗賊に占領されるとか…ぷふ、ぎゃーはははは!ひゃーははははは!いて!」
『水晶ドクロ』こと、カナリア・スコットは笑い出すドクロの頭を叩いた。
「黙れ。空気を読め、ドクロン。」
カナリアに怒られても、ドクロの形をした水晶玉、ドクロンの方は笑うのをやめようとしない。カタカタと水晶で出来た顎骨を鳴らし続けていた。
「そうは言っても、笑い飛ばすしかないだろ、こんな状況。ぷふふ…。」
「なにがそんなにおかしいんだか。相変わらず、悪趣味なドクロだ。」
「悪趣味じゃねえよ。よく言うだろう?他人の不幸は蜜の味ってな。」
「そういうのを悪趣味だと言うんだ。」
ドクロンに呆れつつ、カナリアは人差し指を伸ばし、軽く振る。
すると、木の枝に引っかかっていたハットが浮き上がり、カナリアの頭の上に再び舞い戻る。
それに加え、藪の中からは重そうなトランクが現れ、カナリアの足下に重い音とともに着地する。
「ああ、それと、そこにいる奴らも出てこい。」
自分の持ち物を全て手元に引き寄せると、カナリアは後ろを振り返り、森の中を睨んだ。
「戦いの途中からこっちの事を見ていただろう。なんの用だ?」
「…いやーお見事、お見事。」
すると視線の先から、陽気な声とともに、長身の男が現れた。
「こんな辺鄙なところに、こんなに強くて可愛い魔法士が住んでるなんて思いもしなかった。」
軽薄な口調とともに語りかけてくる男は、ダークグレーのマントをはためかせつつ、カナリアに近づいてくる。長大な剣を腰に差しながらも軽装な格好をしたその姿は、旅の剣士といったところ。
さらに、長身の男に続き、木の陰からぞろぞろと武装した男たちも現れ始める。こちらは先頭に立つ男と違い、一様に鉄製のヘルムと胸当てを身につけ、統制の取れた動きをしている。
「誰だ?」
「そう身構えるなって。俺達はこの地域を治めるグレイストン伯爵直属の騎士だよ。」
「騎士…?」
やがて、長身の男はカナリアと向かい合う位置に立つ。騎士達はその後ろに整列して待機し、バイザーの向こうから正面を睨んでいた。
「初めまして。『水晶ドクロ』殿。俺の名前はサウル。んで、後ろの奴らは俺の部下達。この地域で指名手配中の盗賊が目撃されたってんで、調査中だったんだよ。」
「…そういうことでしたか。」
事情を聞くや、カナリアは居住まいを正して向き直った。
「騎士様とは知らずに、失礼な事を言いました。ご無礼をお許しください。」
「はっはっはっは!別にいいよ!そんなに堅っ苦しくなくても!もっと自然体でいてくれよ。」
「そういうわけにはいきません。それに私は、獲物を横取りしてしまったわけですから。大変申し訳ないことをしました。」
「それも別に気にしてないよ。おかげで戦う手間が省けたからね。んで、こいつらはまだ生きているの?」
「ええ、気絶させただけです。」
「んじゃあ、こいつらは俺達が引き取るよ。いいね?」
「もちろんです。」
サウルは満足げに頷き、手をひらりと動かす。すると、後ろに控えていた男たちが一斉に動き出す。懐から縄を取り出し、倒れた盗賊達を縛りあげ始めた。
「こいつらはレンスに連行しとく。『水晶ドクロ』殿には報奨金も出るよ。街の役場に話を通しておくから、受け取りに来てね。」
「はい、ありがたくいただきます。」
「そのついでなんだけどさあ。俺達、しばらくレンスに留まる予定なんだよね。どう?その折にお茶でも。」
「私は騎士様とは身分の違う身です。ありがたいお話ですが、お断りさせていただきます。それでは、失礼したします。」
硬い笑顔を浮かべたまま、カナリアは丁寧に頭を下げた。そして、くるりと踵を返し、自分の家に向かって歩いて行く。
「つれないなあ。」
残されたサウルは苦笑いを浮かべて頬を掻く。その後、自分も他の男たちに混ざって作業に加わったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます