第2話 報いを受けろ。略奪者め。
もう、少女を嘲る者はいない。先ほどまで騒いでいた盗賊達も静まり返ってしまった。
「おい、なんとか言ったらどうなんだ。何も言わないなら、今すぐここを出て行け。さもなくば、実力行使だ。」
「はっはっは。まあ待てよ、魔法士の嬢ちゃん。こっちも驚いたんだって。あんたみたいな魔法士がいたなんてさ。」
ところが、盗賊達の中でただ一人、口を開く者がいた。顔に大きなやけどの跡がある、一際体格の大きな男だ。
「俺はこいつらをまとめているもんだ。悪かったな。あんたの家だとは思わなかったんだ。許してくれよ。」
「許すわけがないだろう。だが、命までは取らないでおいてやる。今すぐここから立ち去れ。」
「はっはっは。いやー、そうしてやりたいのはやまやまなんだが…。」
盗賊達の頭領が立ちあがる。それと同時に、周りの男達も立ちあがった。その手には、すでに思い思いの武器が握られている。
取り回しのしやすいレイピアやサーベル。中には長銃に弾薬を装填し始める者もいる。
「俺達、この家が気に入ったんだわ。いいな、この場所。森の中にあって誰にも気づかれない上に、街道にもほどよく近い。」
剣や銃を手に持つ男たちの顔には、残忍な笑みが浮かんでいる。『水晶ドクロ』を中心に半円状に広がり、じりじりとその距離を縮めてくる。
「俺達は盗賊だ。欲しいもんは力尽くで奪う。わかるだろ?」
頭領が片手を上げ、振り下ろした。
その動作と同時に、数人の男たちが一斉に銃を構え、引き金を引いた。
それは、この国で最も一般的な銃だ。引き金を引くと同時に火打ち石が薬室を叩き、銃身内の火薬に着火する。
空気の破裂する音が鳴り響き、銃弾が放たれた。
ライフル回転をしながら直進する、どんぐり型の弾丸。空気抵抗を受けにくいがゆえに、狙い違わず少女の元へと飛んでいき、そして―。
キン!
「―っは!?」
軌道が逸れ、藪の中に突っ込んでいった。
『水晶ドクロ』に当たる寸前、何かに弾かれるかのように軌道が変わったのだ。
「それで終わりか?」
『水晶ドクロ』は余裕の表情を浮かべる。ゆっくりとした動作で、先ほどと同じように杖を構えた。その先端の水晶玉が、再びほのかに青白く光り始める。
「おい!何外してやがる!撃て!撃て!」
「お頭!でも、狙いは外してないのに、勝手に銃弾が逸れていきます!」
「っち!あの化け物があああ!」
何発打ち込もうとも、『水晶ドクロ』に命中する気配はない。
動じる様子すら見せない少女の姿に、頭領の苛立ちが頂点に達した。
「かかれ!野郎ども!あいつを八つ裂きにしろぉ!」
「うおおおおおお!」
森の中に咆吼が響き渡る。剣を振り上げ、凄まじい形相の盗賊達が一斉に走りだした。
やはりと言うべきか、盗賊達は戦い慣れていた。お互いの攻撃が邪魔し合わない間隔を保ちながら、少女との距離を詰めていく。
彼らの攻撃は一つ一つが必殺の威力。一人の少女を殺すためには過剰なほどの力をもって、その剣が振るわれていく。
「死ねえええええ!」
「本当にお前らは理不尽な奴らだな。」
対する少女は、静かな怒りをもってその攻撃に応えた。
「報いを受けろ。略奪者め。」
水晶玉に溜め込まれていた力が、一気に解放される。
その光景は、一瞬の出来事だった。
「ぐああああああ!」
耳のつんざくような音とともに、青い電撃が放たれた。空中に閃いたそれは、一本一本が宙をのたうつ蛇のよう。盗賊達の数だけ生み出された青い蛇は、彼らが避ける間もなく空間をほとばしる。
「…っが。」
盗賊達にも、何が起きたのか分かった者はほとんどいない。気づいたときには体を電流が突き抜け、意識を刈り取っていく。
青い残像が消えた時、感電した盗賊達は攻撃しようとしたその態勢のままに倒れ、動かなくなった。
扇形に広がって地面にひれ伏す男たちは全部で9人。残る一人を前に、『水晶ドクロ』は口を開いた。
「残ったのはお前一人だ。」
「ひっ。」
盗賊の頭領は、少女の鋭い眼光に射貫かれ、息を呑んだ。
「お前、さっき自分で号令をかけておきながら、自分は後ろに下がっていたな。」
「あ、当たり前だ。え、得体の知れない魔法士相手に、ま、真っ向勝負なんてしていられるか。」
「どうしようもない男だな。」
『水晶ドクロ』はため息をつき、再び杖を掲げた。
「それじゃあ、これで終わりだ。」
青白く発光し始める水晶玉を見て、頭領の顔が一瞬にして青ざめる。
「ま、待て!待ってくれ!あんた、そんなに強いって事は、元は軍人だろ?俺達もそうなんだ!」
「…?」
頭領の膝が、崩れ落ちた。大の男が両手の平を地面につけてぶるぶると震えだすその姿を見て、『水晶ドクロ』は眉をピクリと動かした。
「民衆のために、っていうから内戦に参加したっていうのに…。議会の奴ら、内戦が終わった途端にお前達は邪魔だってなけなしの金を握らせて俺達を追い出したんだ。」
「…。」
「俺達だってこんなこと、本当はしたいわけじゃないんだ…。頼む、見逃してくれ…。」
苦し紛れの命乞い。
誰が見てもそう思っただろうが、少女には効果があったらしい。瞳が揺らぎ、頭領を見る目に同情の色が見え始めていた。
数秒の時間を置き、ようやく『水晶ドクロ』は口を開いた。
「お前らの境遇には同情する。もしかしたら、私もそうなっていたかもしれない。」
「な、なら!」
「だが、今のお前はもう立派な罪人だ。諦めて法の裁きを受けることだな。」
「そ、そうか…。」
観念したのか、頭領が体を丸め、うずくまってしまった。
哀れみのこまった視線を注ぎつつも、『水晶ドクロ』は頭領にも引導を渡すべく、水晶玉を向けたが―
「そいつは残念だ!」
頭領の体が素早く動き、右手にはめられた革手袋が広げられる。
その手の平に描かれていたのは、円と直線が組み合わされた幾何学模様。『水晶ドクロ』の方へ向けられると同時に、幾何学模様が光り輝いた。
「―な!」
その直後、彼女の視界が真っ赤に染まる。ごうごうとうなりを上げる赤い濁流が、あっという間に少女の体を包み込んだ。
「ああああああ!」
頭領の手の平から生み出されたもの。それは、『水晶ドクロ』に向かって噴射する灼熱の炎。
不意を突かれ、『水晶ドクロ』は反応することも避けることもできない。燃え上がる炎の中で身もだえするほかない。
「ひゃははははは!昔、軍にいたって言っただろうが!その時、火炎放射の魔法陣を奪い取ったんだよ!」
勝利を確信し、頭領は吠えた。立ち上がり、左手で右手を支え、『水晶ドクロ』に向かって炎を噴射し続けた。
「このまま灰になっちまえ!ひゃははははは!」
「うぐ、ぐ、ううう…。」
炎の向こうから、苦しげなうめきが漏れでてくる。少女の形をした影が手を振り回すかのように動くが、とめどない炎はそんな少女のあがきさえ飲み込んでいく。
「ひゃは、ひゃは、ひゃははははは!」
その無様な様が、頭領の高揚感を更に煽る。脳内を駆け巡る快感。過呼吸気味にこみ上げてくる高笑い。
体の底からわきあがる衝動に身を委ね、ただひたすらに炎を発し続けていたが、
「ひゃはははは!」
突如、右の手の平に痛みが走った。
「ひゃははは、は…?」
「気は済んだか?」
その上、冷や水をかけられるかのような事態が発生する。
手の平から放出されていた炎が唐突に止んだ。炎が消え、金色の髪をたなびかせる少女の姿が、あらわになっていく。
「は、はは、な、ん、で…?」
頭領が手の平を顔の前に向けると、手袋の表面に一筋の傷が走り、魔法陣が裂かれていた。
にじみ出る血の意味に気づいた瞬間、顔を上げて『水晶ドクロ』の方を見る。
その顔には、すす一つさえついていない。貫くような光を目の奥にたたえ、頭領のことを睨みつけていた。
「お前は本当にどうしようもない奴だな。」
「なんで、なんで…。」
考えてもわかるはずがない。自分には、理解不能の出来事が起きたとしか思えない。
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