水晶ドクロはイセカイから来た少年を拾いました

燎原焔

水晶ドクロは子供扱いが嫌い

第1話 私は国家公認魔法士、魔法士名『水晶ドクロ』

 鬱蒼とした木々が繁茂する森の上に、煌々と光る満月が昇った。


 闇に包まれた森は、空から見ると一面に広がる暗黒の地面のようにも見える。この世の支配者が人間とは限らないということを教えてくれる、数少ない恐怖の対象。月明かりの届かない場所に潜むのは、ただの獣か、はたまた別の存在か。


 さて、そんな人の恐れをかき立てる森の中には、一箇所だけ、長方形に切り取られた開けた空間がある。その部分だけが木が取り払われて平坦な地面が広がっているのだ。


 そして、その長方形の端には木が組み合わさってできた小屋が建っている。

 こんな辺鄙な場所に居を構える者といえば、さぞ静かな生活を望む者なのだろうと、誰もが予想することだろう。


「ぎゃはははははは!」

 残念なことに、そこから響き渡ってくるのは、下卑た笑い声だった。

 地面の上に焚火を燃やし、それを中心にして集まっているのは10人ほどの男達。体中が傷だらけだったり、顔に大きなやけどの跡があったりと、皆一様に尋常な様子ではない。


「しかし、今日の獲物はちょろかったな!」

「ああ、あれで護衛のつもりなのかね。なさけねえ。」

「まあ、しょうがねえよ。しけた行商人の連中だったもんな!」

「本当だぜ。金目のものが全くねえ。酒と肉があったのはよかったけどよ。」


 いかにもという格好のならず者達が交わす会話は、当然ろくなものではない。人を貶め、自らの武勇を誇る、野蛮な会話に花を咲かせていた。

 彼らは、この近辺で猛威をふるう盗賊だ。今日も街道を行く隊商を襲い、その積み荷を奪って肴にしているのである。


「まあ、金ならいいじゃねえか!あの小僧を売れば、まとまった金が入る。」

「幸運なこともあったもんだ。突然、あんな小僧が現れるなんてよ。」

「これも、俺らの日頃の行いがいいおかげだな!」

「んなわけねえだろ!」

「ぎゃはははははは!」

 またしても、笑い声がどっと上がる。あまりの騒がしさに、近くの木々から野鳥が飛び立った。


 盗賊達の傍若無人ぶりは留まるところを知らない。とはいえ、このような深い森の中で、彼らのことを気にする者もいないはずなのだが、

「おい、お前ら。そこで何をしている。」

 突如、盗賊達のものとは違う、凜とした声が響いた。


「誰の許可を得て、ここにたむろしているんだ、お前ら。」

「…ああ?」

 饗宴に水を差された盗賊達は、一斉に会話を止め、声のした方に目を向ける。すると、そこには先刻まで誰もいなかったはずの場所に、見知らぬ人影が立っていた。


「なんだ、あのガキ…。」

「おい、あいつはいつの間にあそこにいたんだ?」

「知らねえ。俺達の仲間でもねえ。」

 呆気にとられる盗賊達。だが、そう思うのも無理はない。


 威勢のいい言葉を放っているが、謎の人影はとても小柄だ。大男ぞろいの盗賊達と比べると、背丈が三回りほど小さい。

 その小さな体を足首まで届く青いローブで覆い、頭に被るのは平たい頭頂部を持つつば広の青いハット。


 一方で目を引くのが、手に握られている、長い杖。先端に大きな水晶玉が取り付けられたそれは、青装束の人影の異質さを更に際立たせている。

 盗賊達は奇妙な出で立ちのその人影を訝しげに睨みつつ、口を開いた。

「おいガキ、俺達に一体なんの…。」

「黙れ。私を子供扱いするな。盗賊風情が。」

「ああ?」


 ピリリと緊迫する空気。黙って聞いていればと、盗賊達の頭に血が上り始めた。

「おいおいおい。なんなんだよ、こいつは。」

「いいじゃねえか。こいつも捕まえて売っぱらっちまおうぜ。」

「そうだ。そうしよう。今日は本当についてるぜ。新しい隠れ家を見つけられた上に、ちょうどいいカモが二人も飛び込んで来やがった。」

「俺達の日頃の行いがいいおかげだな!ぎゃはははは!」

「まだ言ってんのか、お前。」

「ひゃはははは!」


 ピリピリとした殺気を放ちつつ、獰猛な笑い声をあげる盗賊達。自分たちよりも小さい存在に対し、彼らが臆することなどあり得ない。

 そして、自分たちの欲望を満たすために、誰かの血が流れたとしても、それを今更気にするような神経など彼らは持っていない。


「お前達の隠れ家だと…?」

 対する青いローブの人影は、怒りを内包した声とともに歩きだし、ハットのつばに手をかけた。

「何を馬鹿な事を言っているんだ。お前達は。」


 手に持ったハットを手放すと、風も吹いていないのに、ひとりでにハットが空中に舞い上がる。そのままふわりと移動し、近くの木の枝に引っかかった。

 明らかに、不自然な動きを見せたハット。だが、その行方に目を向けている者は、一人もいない。

 皆、その下に隠れていた人影の顔に目を奪われていた。


「私は国家公認魔法士、魔法士名『水晶ドクロ』。」

 現れたのは、まるで人形のように整った少女の顔。きめ細かな白い肌は陶磁の様に滑らかで、深い青の瞳はサファイアを思わせる。

 顔を左右に振ると長い金色の髪が宙を舞い、月明かりを反射してきらめいた。


「ここは私の家だ。お前ら、人の家で一体何をしているんだ。」

 美しい少女は頬を紅潮させ、詰め寄ってくる。長いまつげを備えた大きな目も、今は鋭くとがっている。


「畑も、こんなに荒らして…。」

 『水晶ドクロ』のそばには黒い土に覆われた地面があったが、今は所々が掘り返されていた。土の上にある植物の苗も、真ん中から折れたり、根元から引っこ抜かれたりして無残な姿をさらしている。


「お前ら、ただじゃおかないぞ。覚悟しろ。」

 小柄な少女は静かに怒りをたぎらせていた。自分よりもずっと体格の大きい男たちを前にしても、全くおびえた様子はない。

 むしろ、盗賊達を威圧するかのように、よく通る声を響かせた。


「あんたの家…。」

「ただじゃ、おかない…。」

「覚悟…。」

 『水晶ドクロ』のあまりの剣幕に、盗賊達は再び呆気にとられてしまう。

 そして、知らず知らずのうちに体を震わせ始め―


「ぶわははははは!」

 ついには爆発した。遠慮容赦のないあざ笑いが沸き起こった。体を大きくのけぞらせ、目に涙を浮かべる者さえいる。

 膝を叩く音と下品な笑い声が、夜の森の中に反響した。


「ははは、はは!じゃあ、どうするんだよ、こんなガキが!」

「可愛い嬢ちゃんじゃねえか!お前、相手してやれよ!」

「おれ、そんな幼女趣味はないっての!」

「俺はむしろ好きだぞ、こういうの。ぎゃはははは!」


 『水晶ドクロ』の顔に、品定めするような無遠慮な視線が突き刺さる。口にするのもはばかれるような言葉が飛んでくる。

 気丈な少女の怒りなど、どこ吹く風だ。

「ぎゃっはっはっはっは!」


 嘲りと罵倒を一身に受けた『水晶ドクロ』は、握りしめた拳をわなわなと震わせる。そして、震える唇から微かに言葉が漏れ出した。

「よ、う、じょ?」

 彼女の暗い眼光には、ついには怒りを通り越した何かが宿っている。だが、盗賊達はそんなことにもお構いなし。『水晶ドクロ』を指さし、相も変わらずげらげらと笑っている。


「お前って、ほんと初対面の奴には舐められるよなぁ。ひひひ。」

 だから、目の前の少女のものとは全く違う、男のダミ声がどこからともなく発せられたのにも彼らは気づかなかった。


「…。」

 もう、少女は何も口にすることはなかった。

 代わりに、手に持った杖を構え、先端の水晶を前に突き出す。

 すると、水晶玉が一瞬、青白く光り、


 パン!


「うおお!?」

「なんだ、今の!?」

 銃声のような音が鳴り、盗賊達の囲む焚火が破裂した。勢いよく火の粉が舞い上がり、盗賊達は飛び上がった。

 何が起きたのか、『水晶ドクロ』を嘲るのに夢中だった彼らでもさすがに気づいていた。


 彼女の持つ杖から青い閃光が走り、焚火に命中したのだ。


「私を子供扱いするなと言ったはずだ。」

 おののく盗賊達の姿にいくらか溜飲が下がったのか、『水晶ドクロ』の声にはわずかに落ち着きが戻っていた。そうは言っても、依然として怒りの表情に変わりはなかったが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る