第11話 まさか、君は私をからかっているのか?
「第1問。明かりを灯すときに必要となるものといえば?」
「それはやはり火だろうな。私はほとんど魔法でやってしまうけれども。一般的には火だろう。」
「…と思うよな。じゃあ、小僧は?」
「電気…ですね。」
「なに?」
カナリアの訝しげな視線が、今度はエーサクの方へと突き刺さる。
「あのな、エーサク。別に、ドクロンの話に合わせなくてもいいんだぞ?」
「いえ、本当なんですって!僕の世界には電気を流すと光を発する物質があって、それを使って明かりを灯すんです。」
「確かに電気が走ると周りが明るくなるが、それも一瞬で消えるんじゃ…。」
「いえ、電気は別で発電しておくんです。それで、使う時だけ電気を流すんです。」
「…そんなことができるのか?」
「えーっと…だから、こう…なんというか…。カチッと。」
「…カチ?」
なんとか説明しようにも、うまい言葉が見当たらないエーサク。そして、エーサクの言いたいことが全く理解できず、困惑するカナリア。
「…。」
かける言葉がお互いに見当たらなくなり、ついには気まずい表情のまま見つめ合うこととなった。
「ぎゃーはははは!お前ら、仲良すぎだろ!」
そしてその様子を見たドクロンは、笑いをこらえきることができなかった。
「そんな見つめ合って、お見合いじゃねえん…いぎぎぎぎ!」
「黙れ。空気を読め。説明しろ。」
暗い怒りを全身から放ちつつ、カナリアはドクロンの頭を握りしめた。カナリアの指とドクロンの頭が摩擦を起こし、ぎりぎりと歯ぎしりのような音が発せられる。
さすがのドクロンも勘弁という様子で、苦しそうに説明を始めた。
「だ、だから…俺達が体内に魔力を宿してそれを別のエネルギーに変換しているように、イセカイの奴らは大量の電気をつくりだして、それを別の形にする技術が発達しているんだよ。これでわかったか?」
「それなら理解できる。だが、どういう仕組みなんだ、つまり。」
「知らねえよ。そこまで詳しくは書かれていなかったんだ。おい小僧、説明しろよ。」
「いえ、僕も説明ができないんです。そういうものとして使っていましたから。」
話を振られたエーサクは申し訳なさそうに頭をかくだけだった。
「むう…。」
カナリアはもどかしい思いにもなるが、それは仕方のないこととも言える。仕組みもわからぬままに使っている便利な道具というのは、カナリアの生きる世界でも同様に存在するのだから。
ましてやエーサクはまだ子供だ。彼に全ての説明を求めるのは無理のある話なのかもしれない。
「気にはなるが仕方ないか。エーサクが言っているものがどういうものなのか、見てみたいな。」
「まあつまり、明かりをつけるということ一つとっても、イセカイの人間とこっちの人間とでは想像している物すら違うと、そういうことだな。わかったか、カナリア?」
「…いや、待て。まだだ。」
だが、エーサクの話に理解を示しつつも、カナリアは憮然とした表情を作り、首を横に振った。
「実物がない以上、まだイセカイがあるとは私は信じ切れないぞ。」
未だにじっとりと疑いのこもった目でドクロンを睨む。その声や仕草からも納得出来ないという意思がありありと見える。
対するドクロンは、そんなカナリアの様子を見てむしろ嬉しそうにしていた。
「じゃあ、第2問だな。」
そして、生き生きとした調子で再び切り出した。
「イセカイの人間の財布には貨幣の他に紙切れが入っているという。さてカナリア、なぜだと思う?」
「…何かのメモ書きじゃないか?なぜ財布に入れるのかはわからないが。」
カナリアは首を傾げた。財布に紙を入れると言われても、その用途がさっぱりわからなかったのだ。
ただ、そういう習慣があるのだと言われれば多少は納得できたはずだが。
「くくく。じゃあ、小僧。お前の答えは。」
「えっと…もしかしてお札のことを言ってるんですか?」
「なんだ、お札というのは。」
「つまり、お金ですよ。」
エーサクの言葉を聞いた瞬間、カナリアの表情は再び憮然としたものへと変わってしまった。
「…何で君の国の金には紙が使われているんだ。」
半ば苛立ちにも似た感情をエーサクにぶつける。やはりエーサクの答えには納得がいかない。
「まさか、君は私をからかっているのか?」
「え?」
もしかしたら、エーサクとドクロンは密かに口裏を合わせているのではないか。
自分の家が盗賊に占拠されたことも含めて、カナリアをからかい、貶めるための壮大なドッキリだったのかとそんな突拍子もない疑念まで首をもたげてくる。
「もし私を馬鹿にする目的でそんなことを言っているのなら、君が相手でも容赦はしないぞ。」
「ど、どうしてそうなるんですか。僕は本当のことを言っただけで…。」
「ふざけるな!紙で作ったら簡単に偽造されるだろうが!」
「落ち着いてください!言っていることはわかりますけど、そういうことの対策もしっかりあるんですってば!」
「いい加減にしろ。君の事を不憫に思って助けたのに、こんな形で私を馬鹿にしようというのなら…。」
「まあまあ。落ち着けって。カナリア。」
そんな風にヒートアップしそうになるカナリアを押しとどめたのは、ドクロンだった。
「小僧の言っていることは本当だぜ?」
「お前は、いつもそうやって私を馬鹿にして…。」
「おいおい。俺様も嘘を言ってるわけじゃねえよ。お前が冷静な議論をぶち壊そうとしているから、それを止めようとしてんじゃねえか。」
「…。」
ドクロンはくつくつと笑っていた。まるで、こんなものは予想通りだと言いたげに。
その様子を見て、カナリアの怒りが急速に冷やされていく。ドクロンは毎日のようにカナリアを嘲ってくるのだが、今回に限っては、その対象が少し違うように見える。
あくまでドクロンが馬鹿にしているのはカナリアの取り乱しようで、嘘をついてまでカナリアを貶めようという意思は感じ取れなかった。
頭の冷えたカナリアは、冷静になってドクロンの言うことに耳を傾けざるをえなかった。
「イセカイでは、紙を使って金を作っているんだよ。貨幣ならぬ紙幣ってわけだ。」
「…そんなことがあるのか?」
「驚くほどのことじゃねえよ。俺様達の国でも為替証書とか兌換券で取引がされることはあるだろ?」
「だが、それは金額が大きすぎて、金貨が運べないときだけで…。」
「だから、それだけ豊かなんだよ。イセカイのやつらは。あと、紙で作っても偽造しにくい技術ってのが本当にあるんだよ。」
「…むむむ。」
理路整然と話すドクロンを見る限り、どうやらドッキリにはめられているという線はないらしい。ということは、エーサクもドクロンも、本当のことを…少なくとも彼らが本当だと信じていることを言っている、ということだ。
「…本当にあるのか…?いや…でも…」
振り子のように揺れる思いは、言葉となって外に出てくる。とはいえ、そんなことをしても明確な答えが現れるわけではないのだが。
「…。」
そんなカナリアの様子を見守るエーサクは、なんとなく悪いことをしている気になってしまう。悪気はなかったとはいえ、カナリアのプライドを傷つけてしまっているのだから。
―でも、もしここが異世界だとしたら…。
加えて、彼にとってもこの議論は自分の現状を決定づける大事な場だ。徐々にその行く末が見えてくるにつれ、不安と緊張がこみ上げてくる。
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