第12話 いいよ。気にしなくて。

「さあさあ、降参か?カナリア。」

 ただ一人、楽しそうにしているのがドクロンである。まるで壇上で囃し立てる芸人のように、一層生き生きとした調子でカナリアを煽る。


「いい加減、認めちまえよ。こいつはイセカイから来たんだよ。素直になれば、楽になるだろうにな~。」

「こいつ、調子に乗って…。もういい!3問目だ!」

「なんだ、まだやるのか?」

「当たり前だ!」


「あの…カナリアさん。落ち着いてください。それじゃあ、ドクロンの思う壺ですよ。」

「うるさい!そんなことわかってる!だが、このままじゃ終われないだろう!」

「それはわかりますけども…。」


「じゃあ、こうしよう。この3問目で白黒つける。エーサクが本当にイセカイから来たのか、否か。」

「よーし。そうこなくっちゃな。じゃあ、第3問。」

 一瞬の沈黙。

 部屋に、ピリリとした緊張感が走る。主にカナリアを起点として、まるで真剣勝負の立合いのような雰囲気が漂った。


「お前らは宿敵と一対一で向き合っている。こちらが剣を構えると、相手は両手を肩の高さに挙げ、手の平を向けた。さあ小僧。どう思う。」

「ええ…とですね。」


 エーサクにとって、それはとても簡単な問題だった。

 しかし、実際に答えるとなると、少し考える時間が必要だった。なぜなら、カナリアの反応が怖かったから。


 ここまでの話の流れから、自分の持つ常識というものが、カナリア達の常識とは少しずれていることには気づいている。それは単にカナリア達がおかしいというわけではなく、おそらくは自分の方が異質だということにも。

 だからこそ、この問いに答える際にも慎重にならざるを得なかった。


 ―でも、まさかね…。

 だが、いくら考えても自分の答えのどこに問題があるかわからない。

 次こそは、カナリアも納得してくれるだろう。

 そう思ったエーサクは、結局、自分の生きてきた常識に則った答えを口にした。


「降参、ですかね。普通に考えて。」

「いや、それは違うぞ!」

「ええ!?」


 だが、カナリアの反応はエーサクの思っていた以上に激しかった。どん、と拳をテーブルに叩きつけ、激しい口調で反論する。


「両手を上に挙げるのは、決して降参ではない!敵がもし、魔法士だったらどうするんだ!」

「だから、魔法士がいねえんだよ、イセカイには。両手を挙げれば、降参としては十分だ。」

「…。」

 威勢のいい言動も、ドクロンの反論によって封じ込まれてしまう。数秒のあいだ、カナリアは何か考えるようなそぶりを見せていたが。


「…っく。」

 何も言えないと思ったのか、悔しそうに歯がみしてうつむいた。そのまま動かなくなってしまう。机の上で握られた拳だけは、力が込められぶるぶると震えていたが。


「あの、大丈夫ですか。」

 その様子を見れば、心優しい少年としてはやはり申し訳ない気持ちになるというもの。


「…なんか、すみません。」

「…いいよ。気にしなくて。」

 カナリアはテーブルに突っ伏したまま、動かない。

 これ以上言葉をかけても彼女を傷つけるだけだろう。そう判断したエーサクは、事情に精通していそうな人物に、全ての解説を求めた。


「ドクロン、どういうことですか?僕には何がおかしいのか、さっぱりわからないんですけど。」

「くっくっく。そうだろうなあ。」


 ドクロンは勝ち誇っていた。きっと体があれば小躍りしていそうな口調で、エーサクの疑問に答える。

「いいか?魔法士はな、魔法を使うときは自分の手を動かしたり、指先に意識を集中させたりすることが多い。だから、両手が自由な内は油断しちゃいけねえんだよ。」

「じゃあ、どうやって降参するんですか?」

「両手を頭につけるんだ。それがこの世界の降参のポーズだ。子供から大人まで、皆知っている。」

「な、なるほど…。」


 エーサクは感嘆した。確かに、この世界における常識は自分の住んできた世界とは全く違うということを実感する。

 ―僕はイセカイから来た、っていう何よりの証左だよな。

 逆に言えば、エーサクが迷い込んでしまったのは異世界だということなのだが。

「…認めるしかないな。」

 顔を上げたカナリアの顔には、力無く、しかしどこか晴れ晴れとした表情が浮かぶ。


「降参か?カナリア。」

「別に勝つとか負けるとかいう話じゃないからな。ただ、エーサクの言うことを信じるだけだと考えたら、急に気が楽になった。」

「けっ。調子のいい奴。」

「お前には言われたくない。」

 カナリアは改めて、エーサクと向き合う。そして姿勢を正し、丁寧に、ぺこりと頭を下げた。


「声を荒げて、すまなかった。私は信じるよ。君がイセカイから来たことを。」

「いいですよ、そんなの。僕にとっても有意義でした。自分の置かれた状況が把握できましたから。」

「いやあ、面白くなってきたな。まさか、お伽噺の住人とのご対面とは。」

「ただ、ちょっとお聞きしたい事がありまして。」


 その時、それまで明るかったエーサクの顔に、急に影が落ちる。


「どうした?」

「あの…僕はどうやったら、元の世界に戻れるんですか?」

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