第31話 interlude.2 アタシが先生の恋の土俵に上がれるようにするために……



「あれ? 今センセの声が聞こえた気がしたのに…… 気のせいかな?」

「どしたの、瞳?」

「う~ん……? ごめん、秋良あきら。アタシの聞き間違えみたい」


 周囲を見渡してセンセがいないことを確認してから、アタシはそう言って苦笑いを浮かべた。

 まぁ、あの仕事バカ《センセ》が、こんなに早く校舎を離れる訳はないので、聞き間違だろう……


「それにしても、珍しいよね。瞳が人への贈り物で迷うなんて…… 相手は例の塾の先生?」

「え? ああ、うん。 そうだけど…… 珍しいかな?」

「うん。基本瞳って、そう言うのはあまり迷わないでしょ。なんだかんだ、その人の好みとかを事前に把握してて、喜んでくれそうなものをさっと選ぶイメージ。器用って言うか、若干適当って言うか? そんな瞳が突然、『プレゼント選び手伝って!』だもん」


 言われて、なんとなく腑に落ちてしまう。

 秋良の言っていた『若干適当』というのが、まさにそうだった。

 こんな言い方をすると、重いし引かれるから絶対にセンセには言わないが、のである。

 だから、みんな『適当』なのだ。

 そこのところを秋良は的確に見抜いている。

 流石というか、なんというか……

 だからこそ、今回の相談相手にアタシは秋良を選んだのだが。


「あははは…… いえ、なんと言いますか…… 友達って既に関係が出来上がってるじゃない? そういう相手に贈るものって、よっぽどのものを贈らない限り、こじれることってないでしょ?」

「まぁ、正直何貰っても嬉しいよね」

「うん…… でもさ、なんていうか、微妙な関係の相手への贈り物って、下手するとそれ一つで大きく関係とか評価とか変わりそうで…… そう考えると、なんか下手なものは贈れないっていうか、ともするとアタシの場合下手なものしか贈れない気がしてきて」

「まぁ、瞳がそれだけその先生に本気だってことは分かったよ。そっかそっか…… 学校内外に関わらず、並みいるいい男達から言い寄られてもなびかなかった瞳が、その先生相手にはここまでダメになるとはね。いつもは無駄に自信満々な瞳が、『アタシの場合下手なものしか贈れない気がして』と来たもんだ」


 アタシのことを見つめて、うんうんと頷く秋良の顔には、嬉しそうな笑みが浮かんでいた。


「……なに?」

「いやいや、友の秘密の顔を垣間見た気がして、私は嬉しいよ、瞳。しかも、瞳が絶対的な信頼を置く親友の沙織さおりを差し置いて、私に相談してくれたってことも普通に嬉しいしね」

「それは、秋良は男兄弟が多いから…… それに、さーちゃんにこんな相談しても、『何をあげても、気持ちがこもってればきっと喜ばれるよぉ』とか、そんなことしか言ってくれないのは目に見えてるし?」

「あはは、それについては私も同意するけどさ…… けど良かったよ。私を相談相手に選んだ理由が、『見た目も趣味も男っぽいから』とかじゃなくて」


 そう言って笑う秋良は、確かにはたから見れば男の子にしか見えないような見た目をしている。

 短い髪をワックスでセットして、すらっと長い脚を強調するようなパンツルック。

 モデル顔負けなスレンダーな体型も手伝って、それこそイケメン男性モデルにしか見えない。

 しかし、彼女はれっきとした女の子だし。

 趣味は手芸で、今着ている服は年の離れたお兄さんからのお古を彼女なりにアレンジしたものなのだそうだ。

 自分の見た目からして可愛い服が似合わないから、こういう格好をしているというが、実際には可愛い服も着たい普通の女の子なのである。


「いや、秋良のお兄さんが丁度センセと同世代だから、普段どういうものをプレゼントしてるのかとかを参考にしようと思って。それに、秋良はどっちかって言うと乙女じゃん」

「いや、乙女違うし……」

「その照れる顔が乙女でしょうが」


 まぁ、秋良と歩いていると変なナンパとかにも引っかからないのでありがたいのだが。

 よく見ればこんなに可愛いのに、世の男たちは本当に見る目がないと思う。


「そういうこと言うなら、私は変えるぞ?」

「ああ、ごめんごめん…… 頼むから助けてよ。秋良だけが頼りなんだから!」


 そんなことを話しながら歩いていたら、目的地だったハンバーガー店に辿り着く。

 アタシは秋良に席を取って置いて貰って、手早くカウンターで秋良リクエストのメニューを買って戻った。


「どうぞ、お納めください」

「うむ。くるしゅうない」


 アタシの差し出すハンバーガーセットを受け取って、秋良は早速ポテトを食べだした。


「んで? その先生の趣味とか、好みとかはもう分かってるんでしょ?」

「う、うん…… 一応は?」

「一応はって…… 本当にらしくないなぁ」


 そう言って溜息をこぼす秋良の視線から目を逸らしながら、アタシはもじもじと手をいじりながら言い訳をする。


「いや、センセって仕事が趣味って感じでさ…… 服もあんまり頓着してないし、家の本棚には仕事の本か小説とか漫画しかないし…… 趣味って言う趣味とか、好みらしいものがあんまり見当たらないんだもん」

「あぁ、そういうタイプなのか…… そうすると、二番目の兄ちゃんが近いかなぁ?」

「えっと、確か研究者なんだっけ?」

「うん。そうそう。なんか年がら年中鳩のことを考えてる変わった兄。仕事って言うか、研究が趣味…… いや、生き甲斐の変な奴だけどね。でも、あれで一応、色々好みというかこだわりはあるみたいなんだよねぇ」

「あ、それは確かに似てるかも。 なんだかんだ、センセにも謎のこだわりはあるんだよね…… 食器とか、家具とか、結構こだわりがある感じするし」


 アタシの言葉を聞きながら、秋良は呆れたような顔をする。


「てか、話を聞いている限り、もうそのセンセの家にも出入りしてるみたいだしさ…… そこまで関係が進展してるなら、それこそ友達への贈り物理論の範疇じゃない? 多分、既に何を上げても普通に喜ばれる関係性だと私は思うけどなぁ……」

「うぇっ!? そ、そこまで関係は進展してないよ? 未だに『生徒』と『先生』の関係だし…… 少なくとも、向こうはアタシのことを『生徒』以上には思ってないし」

「……そんな相手を、自分の家に上げるかねぇ? 話を聞く限り、かなりきちんとしてる性格してそうだし、『生徒』なんて、絶対自分の家にあげないと思うけどなぁ。てか、ホントはどこまで進んでるんだ? もう既に、恋人同士とかなんじゃないだろうな?」

「ないない、アタシの一方的な片思い。恋人とかになってたら、それこそこんな相談をしてないし…… もちろん、なれたらいいなぁ、なりたいなぁとは思ってるけどさ」


 いけないいけない。

 思わず油断して、一緒に住んでいることがバレてしまうところだった。

 センセの周囲に関しては、同居のことはオープンにしているが、学校の友人達にはアタシもその件は隠しているのだ。

 なんというか、変な噂が広まったらセンセに迷惑をかけるし、何より、友達達にいらぬ心配をかけてしまうから。


「それで、秋良はそのお兄さんにどんなプレゼントしてるの?」

「うーん、なんかお金かけると遠慮されるから、基本的には手作りのプレゼントが多いかな?」

「手作りって、クッキーとか?」

「うんにゃ、ネクタイとか、白衣とか?」

「ああ、なーる……」


 手作りと聞いておよそ思い浮かぶものとは違う返答に、アタシは思わず苦笑いを浮かべる。

 そうだった。

 秋良はそう言うの作るのが得意だったっけ……


「でも、確かにセンセもだなぁ……」


 それこそ、あからさまに遠慮しそうな気がする。

 その光景が、目に浮かぶようだ。


「手作りかぁ……」

「難しいよねぇ、捉えようによっては、ものすごく重いし」

「だよねぇ……」


 手作りのプレゼントほど、処分に困るものは無いとはよく聞く話だ。

 センセのことなので喜んでくれるだろうが、本当に意味で喜んで貰えるかどうかは判断が難しい。


「うーん……」

「後は、うちだと結構欲しいものを聞いちゃうかな? 『兄ちゃん、今年の誕生日何欲しい?』って。一緒に買いに行ったりとかもする」

「なんだそれ、仲良しか?」

「いいだろ? 兄妹仲がいい方が……」

「間違いない」


 ハンバーガーにかぶりつきながら、そう言って笑う秋良が照れているのは間違いなかった。

 しかし、お兄ちゃんか……

 うちも兄が生きていれば、そうやって仲良くやっていたんだろうか?

 そんなことをふと考えて、アタシは首を振った。


「うーむ、欲しいものを聞くのは何かなぁ…… 一緒に買いに行くって言うのもどうなんだろ?」


 そういう状況に持っていくのが、まず難しい気がする。

 どんな言い訳をすれば、センセと一緒にセンセへのプレゼントを買いに行く状況を作れるのかが全然思い付かなかった。


「本当に本気みたいだね。あの瞳がここまでダメになるとは……」

「ダメって何だ、失礼な」

「いや、ダメダメじゃん。いつもの面影皆無じゃん」

「……いつものアタシってどんなイメージな訳?」


 今のアタシを見て『ダメダメ』だという秋良にそう問いかけると、秋良は何を言っているのだとでも言いたげな顔でこう言った。


「人の心理を手玉に取って、笑顔で弄べる凄い女?」

「え? アタシそんなイメージ持たれてたの? めっちゃ悪女じゃん……」

「いや、悪女とは言わないけど、そんな感じするよ。結構人の行動とか予測して、的確にアドバイスとかしてるでしょ? いつもの瞳って、どっちかって言うと相談するよりされる側じゃん」


 言われてみれば確かにそうだった。

 それこそ、友達の告白とかプロデュースしたこともあったっけ……

 そんなアタシと比較すれば、確かに今のアタシの状況は『ダメダメ』以外のなにものでもなかった。


「だって、センセに嫌われたくないし…… プレゼントも喜んで貰いたいし…… よしんばアタシに対する評価を、いい方に変えたいし……」

「あっはっはっ! その気持ちはよく分かるけど、瞳のそんな姿を見る日が来るとはね……」

「結構ガチで笑ってますけど、流石にちょっと傷付くんですが?」

「あはは、ごめんごめん…… いや、あまりに瞳が可愛くてさ!」

「そのイケメン顔やめろ! 周囲の方々が誤解するだろ!!」

「イケメン顔言うなし!」


 秋良はそういいながら、コーラの入ったカップに刺さるストローを吸って『チュゴゴ』と音を鳴らす。


「うーん…… そうだなぁ? あくまでもうちの兄で話をするならだけど、やっぱり、なんだかんだ言っても好みはあると思うから、そこをしっかり見極めて選ぶのがいいんじゃないかなぁ?」

「好みを見極めてか……」

「さっき、本棚に小説とか漫画があったって言ってたけど、もしも本の蔵書が多いなら、多分本は好きなんだろうから本を贈るとか、仕事が趣味だって言うんなら、仕事に使うものを贈るとか、もう一回その先生をよく観察して、何がいいのかを考えた方がいいと思うよ?」

「なるほど。確かにそうかも……」


 秋良のアイデアにアタシが感心していると、秋良はまたニヤリと笑みを浮かべる。


「ホント、すっかり恋する乙女だねぇ…… 普段の瞳なら、そんなの自分で普通に思いつくだろうに。そんなことにすら気が回らないなんてさ」

「やめろ! 茶化すな!」

「はいはい…… けど、その気持ち伝わるといいね。多分だけど、その瞳の恋は難儀な恋だろうしさ……」

「まぁ…… ね」


 難儀な恋。

 確かにそうだ。

 『生徒だから』という理由で、恋愛の土俵にすら上がらせて貰えないのだ。

 戦う前から勝敗は決まっていると言えなくもない。

 『生徒だから』、今もこうして一緒に住まわせて貰えているし。

 『生徒だから』、あんな風に必死に寄り添ってくれるのだ。


「はぁあ…… アタシはもっと早く生まれて、センセの学生時代の後輩とかだったらなぁ……」

「そんなもしもの話しちゃうくらい夢中なのね…… いや、もうホント可愛いな、瞳は」

「だからからかうな!」

「からかってないよ。愛おしく思ってるの。慈しみの目で見てるの」

「やめろ!」

「あはは! 良いじゃない。こんな時間に付き合ってあげてるんだからさ……」

「感謝しています。ありがとう」

「うん、ハンバーセット美味しかった、ありがとう」


 お店の時計を見ると、そろそろセンセが校舎を出る時間だった。


「そろそろお開きにしなきゃかも…… ごめんね、こんな時間につき合わせちゃって」

「いいよ。そんなの。大切な友人の頼みだしね。瞳の可愛いところも見れたし、ハンバーガーも献上して貰ったし」


 食べ終えたハンバーガーセットのゴミをトレーの上にまとめて、秋良は席を立つとそれらをゴミ箱に捨ててトレーを回収ボックスに放り込む。


「ま、続きはLINEでって感じかな?」

「はい。引き続きよろしくお願いし致します……」

「はいはい。それじゃ、また明日学校で…… かな?」

「うん。また明日」


 アタシも席を立って、二人連れ立って店を出て行く。


「頑張りなよ、私はあんたの恋を応援するからさ」

「うん…… ありがと」


 そう言って、アタシの方をポンポンと叩いてから、秋良は颯爽と走り去っていく。

 その後姿は、本当に少女漫画のヒーローのようだ。


「後輩たちから人気あるわけだよね。もちろん、女子だけども……」


 アタシは秋良の背中を見送ってから、なんとなしに駅前に向かって歩き出した。

 すると、ちょうど校舎から出てくるセンセの姿を見つける。


「よし、とりあえず、センセの好みをもう少し探ってみますかね」


 貰ったネックレスを見つめて、アタシは一人夜空に決意を表明した。

 ネックレスのお礼。

 そして、アタシが先生の恋の土俵に上がれるようにするために……


「おーい、センセ! お疲れ様ぁ~!」


 アタシは手を振りながら、そう言ってセンセに駆け寄って言った。



 続く――。

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