仕事に疲れた塾講の俺がJKの家庭教師をすることになった件。
第15話 interlude 教え子だったからセンセはアタシの手を取ってくれたけど、教え子じゃなかったらってどうしても思ってしまうのは仕方がないことだと思う。
第15話 interlude 教え子だったからセンセはアタシの手を取ってくれたけど、教え子じゃなかったらってどうしても思ってしまうのは仕方がないことだと思う。
「ぐぬぅ…… 夕海さんの行動力を少し見誤ってたなぁ」
アタシはSNSアプリを起動したまま、スマホを布団に放り投げた。
まさか彼女がアタシとセンセの関係をカモフラージュする為に、偽の彼女を申し出るとは……
「てか、文章の感じから言って、夕海さんは本気でアタシの為のつもりっぽいしなぁ……」
そんな気はしていたけど、彼女もセンセと同じで天然ものなのだろう。
「まぁ、それでもアタシをだしにして、告白しようとするくらいには強かなのは間違いないけど」
センセに買って貰った勉強机に突っ伏して、アタシは深くため息をつく。
彼女の話をセンセから聞いたときからその気持ちは予想が付いていたが、彼女がここまで積極的な性格だとは思わなかった。
「ん~…… アタシの存在が、夕海さんを焦らせたって線が濃厚かなぁ?」
正直、もう少し慎重な女性だと勝手に思っていたので、この展開には流石のアタシも驚いた。
「って、今更色々考えても仕方ないよね。多分センセはこのことをアタシには話さないだろうし、知らないふりをしないとかな?」
時計を見ると、そろそろセンセが返って来る時間だ。
あれでこっちの顔色の変化には結構敏感なので、もやもやしたままセンセを出迎えるのはあまり得策ではないだろう。
「よいしょっと……」
立ち上がって、布団に放り投げたスマホを取り上げて画面を覗く。
そこには、開いたままのSNSアプリに夕海さんからのメッセージ。
『瞳ちゃんと冬月先生の関係を誤魔化せるのではと思って、先生の偽物の恋人に立候補したんですけど……あっさりフラれてしまいました。私では瞳ちゃんと同じ卒業生だし、年も近いので、一緒くたにされて変な噂の種にされてしまうかもと言われて、確かにと納得してしまいました。お家に帰って、先生がそんな話をするかも知れないと思い、先んじて驚かせないようにご報告しておきます。お役に立てず、すみません……でも、偽物の恋人の立候補とはいえ緊張したし、フラれてしまったのも地味にショックですね…… あはは……』
本当に、どこまでは本気なのかを疑ってしまうような文章だが、これまでの彼女とのやり取りを振り返る限り、多分丸々全部本気なのだろう。
「“驚かせないように”って…… 十分驚いたんですけど。それに読みが甘いな、夕海さん。センセはこの手のことを、積極的にアタシに話すようなことはしないのだよ」
良くも悪くも、センセの中でアタシは少しだけ特別扱いをされているのだ。
夕海さんの話をすれば、アタシの心に波風が立つこと位は流石のセンセも想像出来る。
だから、受験生のメンタルを守る為に、そのやり取りがあったこと自体アタシに伏せるに違いない。
「はぁ…… 特別扱いしてくれるなら、もう少し違う方向でして欲しいんだけどなぁ……」
まぁ、この状況を受け入れてくれただけでも僥倖なので、これ以上はまだ望むまい。
現状懸念すべきは、やはり夕海さんの今後の動向だろう。
「センセのことだから、夕海さんを傷付けないようにリップサービスしてるだろうしなぁ……多分、諦めるとかはなさそうだよねぇ~……」
恐らく、『俺には勿体ないくらい、夏川先生は魅力的な女性だ』とかは言っていると思う。
てか、間違いなく言ってるだろう。
夕海さん普通に美人だし、おっぱいも大きいし。
「まぁ、アタシは綺麗系じゃなくて可愛い系だし、おっぱいはアタシの方がおっきいですけど!」
カンカンカン――
ふと、玄関の外から階段を上がるセンセの足音が聞こえて来た。
「ヤバ、センセ帰ってきたじゃん!!」
アタシは慌ててスマホをポケットに押し込んで、台所へと急いだ。
既に用意の済んでいる夕飯をダイニングテーブルに並べ、おみそ汁に軽く火をかける。
今日はホッケの塩焼きとおみそ汁、キュウリとわかめの酢の物と炊き込みご飯だ。
茶碗にご飯をつけるのは、センセが食卓についてからでいいだろう。
ガチャッ――
すぐに玄関の鍵が開いて、センセが家に帰って来た。
「ただいまぁ~春日、悪いな遅くなった……」
「あはは、そんなこと言っていつも遅いじゃん。いいからまず着替えてきなって」
ネクタイを外しながらダイニングに首を出すセンセに、アタシがいつものようにそう言うと、センセは着替える為に一度部屋に引っ込んだ。
今のうちに色々気持ちを落ち着けておかないとな。
そう考えて一度深く深呼吸する。
大丈夫、いつものアタシだ。
って、何でアタシが夕海さんの告白的なイベントにこんなに心を乱されているのだろうか。
馬鹿馬鹿しく思えて来て、思わずため息がこぼれた。
「ん? どうした。なんか学校で嫌なことでもあったのか?」
そこに部屋着に着替えたセンセがやって来てそんなことを聞いてくる。
「はい? 別に嫌なことなんてないですけど?」
「そうか? なんだか盛大に溜息をついてた気がしたから、ちょっと心配になったんだが……まぁ、何もないって言うならこれ以上は聞かないよ」
そう言って優しく笑うセンセ。
はぁ~…… そゆとこホント好き。
って、そうじゃない。
「そういうセンセこそなんかあったんじゃないの? 眉間に皺寄ってるよ?」
「……そうか? 別になにもないけどな」
ね? アタシの予想通りだ。
何もないとか言って…… 夕海さんから告白みたいなことされた癖にさ。
まぁ、センセのことだから、あれを告白だとは思ってないんだろうけど……
それでも、夕海さんの善意を断ったことを気にして、眉に皺を寄せているのだから、本当にこの人はお人好しの権化だ。
多分、アタシの我儘を受け入れてくれたのも、そういうお人好しな彼の性格故だろう。
センセにとっては、アタシも夕海さんも、どこまでいっても『卒業生』で、それ以上でもそれ以下でもないのだ。
『大切な生徒』として、平等に大切に扱われているのだ。
こっちはこんなにも気をもませられているのに……
鈍感もここまで行くともう才能だと思う。
というか、多分なのだが、センセはアタシや夕海さんに対して、敢えてそういう感情のアンテナを切っているのだろう。
そういう感情のコントロールは、本当に器用なのだ、この男は。
『間違いを犯さないように』、生徒や元生徒に対して、センセはその手の感情を封印しているのだ。
その上で、あんな風に優しくして来るのだから、本当に罪作りな人だ。
あれ? なんか色々考えてたら、だんだん腹が立って来たぞ?
「お! この匂いは炊き込みご飯か? いいな、炊き込みご飯!!」
センセはダイニングテーブルにつくなり、嬉しそうにそう言った。
「俺、炊き込みご飯好きなんだよな」
でしょうね。
知ってますとも。
だから作ったんですし。
私の気も知らないで、夕海さんとの一件を丸々隠したままそんな風に無邪気に笑うセンセ。
そんな姿を見ている内に、アタシはせめてセンセのことをからかって胸のもやもやを解消したい衝動に駆られる。
「……センセさぁ、アタシが知らないと思って隠してるみたいだけど、夕海さんとアタシが繋がってること、忘れてない?」
「……ん? ってまさか!?」
アタシの言葉から、その意味を察して顔を赤くするセンセ。
ほぉ~う……
顔を赤くするってことは、まんざらでもなかったってことなのだろう。
それはまぁそうか。
アタシと違って、夕海さんはもう成人しているし、もしかすると『元卒業生』という部分を取っ払えば、ギリギリ守備範囲内の相手なのかも知れない。
へぇ~…… ほぉ~…… そうですかそうですか。
「まさかって? そのご様子だと、お心当たりがありそうですねぇ?」
「いや、夏川先生とのことを知ってるのかって話だよ。その口ぶりだと、知ってるってことなんじゃないのか?」
照れるセンセは可愛いが、なんだかその反応は腹が立った。
「えぇ~? アタシが知ってるのは、夕海さんがセンセの偽の恋人に立候補して、センセがそれを『悪い噂の種になるのを避けたいから』って、断ったってこと位しか知りませんけどぉ~?」
「いや、ほとんど全て知ってるんじゃねぇか……」
アタシが差し出すお茶碗を受け取りながら、センセは深い溜息をこぼす。
少し困ったような顔が可愛くて困る。
って、そうじゃない。
「どうして振っちゃったの? 夕海さん可愛いし、スタイルいいし、同じ仕事やってるから、センセの変則的な生活にも理解あるだろうし……勿体なかったんじゃない?」
からかい半分、本気半分の質問をセンセにぶつけてみる。
すると、センセからは、予想通りというか、実にセンセらしい返事が返って来た。
「あのなぁ……可愛いとか、スタイルがいいとか以前に、夏川先生は俺の元教え子だぞ? 断るに決まってるだろうが……」
その言葉は本当にセンセらしい理屈だったけど、何だろうか、その断る理由に私は腹が立った。
「……元教え子って言うのが理由で断ったんだったら、それってちょっと酷くない?」
「え?」
「だってさ、そうやって元教え子っていってその他大勢と一緒くたにして、そもそも恋愛対象から外すのってさ……夕海さんのことをちゃんと見ずに、頭ごなしに拒絶してるってことでしょ? それって、相手のことを見た目とか肩書とかで判断する、上っ面しか見てない軽薄な奴らと一緒の考え方じゃん」
「……それは」
痛いところを突かれたという顔をするセンセを見て、自分がいらぬことを言ったことに気付いて後悔する。
しかし、一度口に出してしまった言葉はもう、引っ込めることは出来ないのだ。
もうこうなったら開き直るしかなかった。
「断るにしたって、もっと他のちゃんとした理由がないと夕海さんが可哀そうだよ。だって、そんな理由じゃ諦めるに諦められないし……『元教え子』って肩書きは一生外せないんだよ? 嫌いじゃないし、魅力的だけど、元教え子だからダメですって言われたら、気持ちの整理の付けようなくない?」
だから、アタシは夕海さんの話にかこつけて、自分の気持ちをセンセにぶつけてしまうのだった。
元教え子だから、土俵にすら上がらせてくれないなんて、やっぱり納得がいかないから。
「いや、夏川先生は俺とお前の関係をカモフラージュする為に、嘘の恋人役に立候補してくれただけで、別に俺のことが好きとかそういう話じゃないし……」
「だとしても、アタシの言ったことは間違ってなくない? センセの理屈だと、そうなるよね。違う?」
「それはまぁ…… そうだが」
そう言ってセンセはそのまま黙り込んでしまう。
見れば、せっかく作った夕飯にセンセは一口も箸をつけていない。
まぁ、アタシがこんな話をふったからなのだが……
「とにかくさ、アタシが言いたいのは、元教え子とかそうじゃないとか関係なしに、キチンと相手のことを見て結論を出して欲しいってこと。アタシのことも含めて…… ね?」
これ以上空気が重くなっても、この後の家庭教師の時間に響くので、アタシは言葉の最後を冗談めかす。
「お前のことも含めてってなぁ……はぁ~…… 俺にも色々思うところはあるが、お前の言い分は確かに正しい。今回はまぁあれだが、もし相手が本気なら、これからは元教え子だからっていうのは今後はやめるようにするよ。キチンと考えて返答をする。お前のことも含めて…… な?」
センセはそんなアタシの思惑を素早く察して、アタシの言葉に合わせた調子でそんな風に言ってウインクをして来た。
本当に、その読解力をもう少し恋愛方面にも生かして欲しいものだ。
「せいぜいそうしてくださいな。……っと、そろそろこの話はやめて、ご飯にしない? せっかく作ったあったかい夕飯が冷めちゃうし」
「ああ、そうだな……変に気を回して、夏川先生とのことを隠して悪かったよ」
センセはそう言って頭を下げてから、両手を合わせてアタシに『いただきます』と言ってから、アタシの作った夕飯を美味しそうに食べ始めた。
はぁ、こんな風に美味しそうに食べてくれるから、こうして夕飯に時間をかけるのが辞められないのだ。
アタシはセンセが自分の作った夕飯を、幸せそうに食べる姿を眺めながら夕海さんの今後の動向について頭の片隅で対策を練るのだった。
「はぁ…… 失敗したかなぁ」
センセの家庭教師の時間を終えた後、アタシは布団の中で一人そんなことを呟いた。
いや、間違いなく失敗したのだが……
「でも、これで少しはアタシのことを意識してくれるようになるといいんだけど……センセだから、期待は薄そうだよね…………だめだ、もう眠……くて……」
後悔や諸々の感情は迫りくる眠気に飲み込まれて、アタシはゆっくりと意識を手放した。
教え子だったからセンセはアタシの手を取ってくれたけど、教え子じゃなかったらってどうしても思ってしまうのは仕方がないことだと思う。
元教え子だから、アタシはセンセの恋人になれないのだから……
続く――。
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