5.

「グリムウルフと言ったか」

「教授、どうです今のご気分は」

「やってくれたな。私はもう教壇に立てん」

「それは対価というもの。そして破格に安い。貴方が今後立つべき場所は世相を左右するほどの崇高なものです」

「思考だけが許された怪物が世相を左右? 笑わせるな。お前は何を考えている。世界をどうするつもりだ」

「その辺りも推察なさってもらえれば。一つ加えるなら私はただ啓示に従うだけです。浄化。それが彼らの考え方。魔女の出現で均衡は大きく崩れた。彼女達には力こそあれどそれを表にしないことに価値があったのですが」

「歴史に何を学んだ。そもそも魔女に敵意はなかった。愚かな学者が魔女を発見し、出し抜いて技術を盗用した。生まれた兵器がまさに浄化を行った。キッカケを作った旧帝国もろとも滅んで以後の五〇〇年間、我々は多くの時間を復興に費やしてきたというのに貴様はそれさえ無に帰すつもりか」

「堅実な生への執着。じつに涙ぐましい努力であります。しかし鱸教授もご存知なはず。もはや魔女は無害に在らず。生物兵器ディスノミアの発明はあくまでも発端。智慧の実を得た魔女達は今世において芹沢亜昼を筆頭に政治にまで食い込んでいる。ディスノミア無き今、脅威とはなんたるか。ともあれ教授、貴方には今暫くの猶予があります。我々は貴方が協力者たらんことを信じていますよ」

 室内は静けさを取り戻す。人間から脳を取り出して生存させる。その生命は思考する限り永遠。倫理の彼岸、明確な禁忌。鱸はそれだった。人間として、一学問の徒に過ぎなかった頃に比べて、ダイレクトに情報を知覚しすぐさま知識として吸収可能な現在は個の理性を抜きにすれば理想だった。四肢もなくただ考えるだけの生命。グリムウルフは集合蓄積が魔女に対抗する手段だと結論づけていた。室内には鱸のような脳だけの姿を収容するポッドが他にも在った。それらはそれぞれに意識を接続することが可能でお互いの知識を共有する。エデンシステム。グリムウルフの云う啓示とは何か、鱸はその核心にアクセスを試みるも弾かれてしまう。今や同志とも言うべき異形の生命達に問いかけてもみるがどれも明確な答えを持たない。集合知である以上、持たない知識を得ることは出来ない。とはいえ鱸はシステムの限界が内側に設けられていることを嘲笑した。同時にこれは交渉材料であると感じた。


「類推の園。今や我々がかつて描いた絵空事が現実になろうとしている。どうですか古囃子くん。あの頃は誰も信じなかった。よってセントラルは魔女をも取り入れる愚策を取った。考えてもみればあの時点で運命は分かれたのかもしれません。古の大戦では勝者が出なかった。だれもこの地を勝ち得た者がいないというわけです。我々は示さねばなりません。王とは誰か、神とは何かをね」

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Maggot Brain るつぺる @pefnk

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