114.夢物語のような現実のお話(最終話)

 準備万端で出迎えた連合軍は、大勝利を収めた。負けたマルチノンは生き残るために、カールハインツの提案を呑む。略奪に失敗した以上、得られる食糧はない。飢えて待つ家族を食わせるため、戦った男達は取引に応じた。


 マルチノンが暮らす山は、標高が高い。中腹から上に住まう彼らの身体能力は高く、高山特有の頭痛や倦怠感もなかった。高山にしか生息しない野草や薬草と引き換えに、食糧を引き渡す。彼らが再び略奪行為に出る可能性はゼロではない。しかし無闇に殺せば解決する問題でもなかった。


 マルチノンとて同じ大陸に生きる人間なのだ。各国が垣根を取り払ってひとつに纏まろうとする今、彼らを除外する選択はない。フォンテーヌの覚悟を受け取り、バルリングも手を引いた。


「良かったわ」


 無事に戻った顔ぶれを見回し、私は安堵の息を吐く。兄シルヴェストルを始めとし、アルフレッドやオードラン辺境伯やバシュレ子爵もかすり傷で戻った。人的被害はほぼなく、軽傷者ばかりと聞く。誰かの大切な人が奪われる世界など望まない。


「これで前回の記憶は終わりかしら」


 13歳に戻された私の記憶は首を落とされるまで。それ以降の記憶を持つ人々に確かめる。父と兄はすぐに頷いた。前回とは大きく変わった今回、ようやく大陸の国々が寄り添って生きていける。


 前回の失敗を教訓に動いた人、贖罪を第一に行動する人、復讐を果たした人……新たな未来を掴んだ人。女神様、私はあなたの望む未来を選べていますか?


 私は前回の最期に望んだすべてを手にしています。家族の愛、愛しい人、可愛い子犬や子猫、大切なお友達……芝生に寝転ぶ夢まで。今回の私は自由に生きていいのですよね。答えは返らない。ただ微風が私の頬を撫でていった。


 世界は緩やかに変革されていく。いつかお母様や女神様に褒めていただけるように、胸を張って生きていくのが私の役目でしょう。


 女王として人々の上に立つ日が近づく中、喜ばしい話があった。兄シルヴェストルの婚約が決まったのだ。妹なのに先に婚約式を行ったので、少し気が引けていた私はほっとした。前スハノフ王の姪に当たる方で、くるんとした茶色い巻き毛が愛らしいご令嬢だ。私とも気が合い、仲良く過ごしている。新しく姉が増えると聞いたその夜、幻想的な夢を見た。


 ――風景は美しかったと思うのに、何も覚えていない。ただ母が私を抱き締めていた。なぜか感情が溢れて泣きじゃくる私は幼子のようで、何も言わずに母は慰め続ける。しばらくして落ち着いた私を胸に抱いたまま、聞こえた「大きくなったわ、幸せにおなりなさい」が再び涙を溢れさせた。


「愛しているわ、お母様」


 一緒にいて欲しい、帰ってきて。そう言いたくなる本音を呑み込む。涙で潤んで滲んだ視界で、母に誰かの面影が重なる。美しくも慈悲深い……ああ、そうだったの。すべてはここに繋がるのね。


「あなたの元へ戻るまで、私を見守ってください」


 大切なお母様、そして……私にやり直しの機会を与えてくださった女神様に。重ねて祈りながら目を覚ました。涙の止まらない私を心配したアリスが呼んだのか、シルお兄様が駆け付ける。先を越したお父様に抱き締められる私を見て、悔しそうに舌打ちした。


 部屋が離れていたため遅れたカールとリッドが八つ当たりされているわ。お兄様、そのくらいにしてあげて。私は悲しくて泣いているんじゃないの。この世界を包む大きな愛に感動しているのよ。ようやく涙が乾き、腫れた目を冷やしながらぽつりぽつりと語った。


 おかしな話なのに、誰も否定せずに聞いてくれる。この環境こそが、私の自由で幸せなのでしょう。








 あれから3年――世界は大きく変貌し続けている。女神様の神殿が増え、人々は熱心に祈るようになった。増えた神殿のひとつで、ドロテは両親と暮らしている。新たに神官としての名と人生を賜り、一家は祈りを捧げる穏やかな生活を得た。人々の気持ちに寄り添う、優しい一家だと噂で聞いた。


 数十年をかけて、バルリング帝国とランジェサン王国、スハノフ王国は解体されることが決まった。すべてはフォンテーヌ聖国として、ひとつに統合されていく。国や人種の垣根を越えた交流は、すでに始まった。


 象徴として、コンスタンティナ・ラ・フォンテーヌが女王の座に就く。権力はほぼなく、あくまでも象徴としての地位だ。故に私を支える宰相に近い立場にカールが就任した。名目上は夫の一人ですが、彼は私を愛しながら触れない選択をした。前回助けることが出来なかった私への償いとして。


 狂ったパトリスを見て、過ちに気づいたと告白したのです。目の前に愛する人がいて、他の人と微笑む姿を守りながら触れない。それは己に課した罰なのだと。だから提案しました。あなたが自分を許せるようになったら、私に触れて欲しい。


 私はカールもリッドも好き。でも彼らの想いや決意を踏み躙ってまで、手に入れる気はないの。今まで通り愛されているし、不満はないわ。ただ少し寂しいけれど。


 バルリング帝国を穏便に統合するため、皇太子であるカールは女王の夫として振る舞う。これは揺るがない決定事項です。私が産む子が新たな象徴となるでしょう。その子にバルリングの血が流れていなくとも、カールは我が子として慈しむと言い切った。愛してくれている事実は疑いようもなく。リッドはカールが気の毒だと嘆く反面、私を独り占めできて嬉しいと本音を零した。素直な人ね。


 スハノフ王家は直系の跡取りが絶えたこともあり、問題なく統合に合意した。バルリング帝国は一部の貴族の反対により、内乱が起きるも皇帝陛下が数日で鎮圧する。それ以降、反対の声は聞こえない。ランジェサン王国の王太子は、リッドの兄だった。賛成派の彼は今もランジェサンの領地を治めている。


 貴族の中に爵位を返上する者も現れた。過去に執事が隠したジュベール王家の二重帳簿が見つかり、寄付されたティクシエ伯爵を始めとした貴族の財産が、人々の暮らしを豊かにする。集った寄付で基金が作られ、新たな世代の勉強や育成のために使われるだろう。


 私達の次の世代に統合されるフォンテーヌ聖国の下に、現在の各国は独立と安定を保った。私が死ぬまでに融合し、この大陸は大きなひとつの家族になるの。夢物語の様な、これは現実のお話。


 女神様、私は自由に生きて満足してあなたの御許へ帰りましょう。それまでこの国をお見守りください。








       END or ……?











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 本編終了です。ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。たくさんの感想とブックマークをいただいた作品になりました。構成が複雑になり、何度も読み返す方もおられた様です。申し訳ないです。


 しばらく外伝を追加しますので、読みたいお話があれば希望をコメントしてください(o´-ω-)o)ペコッ


 また新しい作品でお会いできることを祈りつつ。

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