113.前回と同じ戦いが始まる

 ジュベール王国は海に向かい開けた西以外の地域を、他国と接していた。南にランジェサン、北にバルリング。国境線の7割近くを両国と接している。海に面した2割を除いた1割ほどの谷が、マルチノン王国と直接繋がる領地だ。現在はバルリング帝国の領地が広がったことで、接する領地は細い街道沿いくらいになった。


 高い山脈の向こう側から谷を通る街道は、交通の要所であり交易ルートでもある。その道を使い、我が国への侵略を始める。これは前回も発生した。山の中腹に位置するマルチノンは、国と名乗っていても王は存在しない。あの地方に住まう複数の一族を纏めて呼ぶ際の名称だった。


 山で雨量が減ると水不足に陥り、酪農も農業も打撃を受ける。そのたびに周辺国へ攻め込むのが、マルチノンの生き残り戦略だった。これらの行いから、一番被害を受けてきたバルリング帝国では山賊と同じ扱いをされている。


「またマルチノンか」


「連中は前回の記憶がありませんからな」


 干ばつは昨年から起きていた。だがここ数年の各国の動きに警戒したのか、今年になるまで彼らは動かなかったのだ。逆に言えば、前回マルチノンの侵略を食い止めた英雄バシュレ子爵や、同じ戦に参加したオードラン辺境伯が手を拱いているはずがない。


「予定通り動くぞ」


「御前失礼いたします」


「俺も役割があるんで参加してくる」


 気軽に散歩に出かける口調でアルフレッドが背を向ける。辺境伯らは一礼して退室許可を求める余裕さえあった。マルチノンは国としての形がないため、前回の夜会に誰も参加していない。徹底的に叩きのめされた前回の記憶はなく、対策を立てられる心配もなかった。


 圧倒的に有利な戦いだ。それでも……戦いである以上、不測の事態が起きないと言い切れなかった。不安に表情を曇らせるコンスタンティナは俯く。さらりと金髪が肩を滑り落ちた。


「勝利は確実だ。安心しろ」


 憂い顔の娘に声を掛けたクロードへ、彼女は静かに頭を横に振った。


「同じ戦いであっても、僅かな違いがあれば結果は変わります」


 前回は助かった人が失われるかもしれない。そんな恐怖を口にした婚約者へ、安心させるようにカールハインツが微笑んだ。


「我が国からも騎士や兵士を派遣します。マルチノンとて死ぬために戦うのではありません。物々交換や資源の開発を提案し、食糧支援を餌に手を引かせる予定ですから」


「そうそう、腹黒い工作はカールの得意技だ。安心して任せろ」


 シルヴェストルは明るく笑うと、指揮を執るため彼らの後を追った。婚約のタイミングで攻め込まれる可能性も視野に入れていたため、抗戦の支度は整えてある。勇ましく出ていく兄達が無事であるように。誰も失われず、悲しまずに済むように。祈りは女神に捧げられた。

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