外伝

01.踏み出す覚悟を決めた

「産まれたか!」


 産声が響いた途端に、外から大きな歓声が上がる。この子はリッドの子……美しい銀色の髪はくるりとカールして、父親を示す。ジュベール王国があった頃から、生まれる子は父親の髪色を引き継ぐ。神様の悪戯と呼ばれる現象のひとつだった。


「お疲れ様」


「ありがとう、カール」


 手を握って微笑むカールへ礼を口にする。そのまま尋ねてしまいたい。あなたはいつ自分を許せるのかしら。前回の罪を償いたいと願うあなたの気持ちを重視したけれど、今の私の気持ちは触れて欲しい。


 統合される国々の代表として、私達は政略結婚を結んだ。どの国の血も残るように、象徴として女王に立つ私の子は今後も象徴として引き継がれるでしょう。外では仲睦まじい夫として振る舞うカールは、私を抱かない。もう十分でしょう? 


「お願いがあるのよ。私の大切な人を許してあげて」


「そうだな。もう許してもいいんじゃないか? お前、我慢しすぎなんだよ」


 我が子を抱き上げたリッドが溜め息を吐いた。私を独り占めできると喜んだ彼も、徐々に居心地が悪くなったらしい。自分ばかりが狡いと口にするようになった。


「だが」


「私達は3人で夫婦なの。誰が欠けても成立しないわ」


 反論に重ねてしまった。マナー違反だし、賢いやり方じゃない。でもね、あなたは自分に厳し過ぎるわ。前回のあなたは私を助けられなかったことを悔やんだ。帝国の利益を考えて夜会を抜け、自国へ帰ったけれど。それは悪いことかしら。


 空になったばかりの腹部が痛む。全身が怠さと眠気を訴えていた。朝産気付いてから、昼過ぎの今まで痛みに耐えて我が子を産み落とした。この痛みをもう一度と言われたら、断りたいくらい。それでもあなたの子が欲しいの、この痛みを我慢して乗り越えても……。


 ぼんやりし始めた意識に任せて、ぽつぽつと希望を口にする。誰も否定せずに聞いてくれた。目を閉じて……眠りに落ちていく最後の瞬間、頬に触れたのはカールね。触れ方で分かる。優しいのに遠慮がちで、愛情が滲んだ指先は私よりわずかに冷たいの。


「起きたら、話をさせて」


 そう聞えた気がした。夢の中で母に我が子を見せ、抱いてもらう。幸せだけれど、あと少しが足りないのと愚痴ってしまった。苦笑いする母ディアナは助言をくれる。


 ――彼は動けないのよ、と。


 あの人は自分に厳しく、私達に甘い。だから前回の自分を許せない。リッドも私もあなたを認めているし、大切な家族だわ。家族の窮地なら、私達が先に動かなくてはね。手を差し伸べ、受け入れて許す。待つだけじゃ動かないって、前回学んだのにダメね。


 起きたら、話をしなきゃいけない。リッドにも私にも、産まれたまだ名のない我が子にも……カールは必要だと理解してもらおう。送り出す母の手を背に受けて、ようやく私は踏み出す覚悟を決めた。

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