78.許せなかったとしても
許すとも許さないとも、言えなかった。ただ涙を流しながら兄に肩を抱かれて塔を後にする。
「だから会わせたくなかった」
後悔を滲ませたシルお兄様の言葉に、私は首を横に振った。そうじゃないわ、違うの。自分の傲慢さが怖くなる。自分が被害者だと思い込んで、他の人の事情なんて想像もしなかった。与えられる幸せを当然だと思って受け止めたの。お兄様やお父様がいて、食べ物も住む場所も困ったことなんてない。それがどれだけ恵まれていたか。
「私、知らなかったわ……あの子にも理由があって」
「それがお前を……傷つけていい理由にはならない」
首を刎ねたという言葉を避けた兄の優しさに、涙に濡れた頬で笑みを浮かべた。あの過酷な環境を生き抜いた前回、あの子は幸せになれなかった。結末は聞いて知っている。石打ち刑は苦しくて痛いと聞いた。特に罪が重い者にだけ命じられる刑罰よね。
気の毒に、そう感じた程度だった話が重くなっていく。前回の彼女の罪は、もう償ったでしょう? 今回はまだ罪を犯していないし、反省しているわ。だから……お願い。
「お兄様、あの子を殺さないで」
きゅっと唇を噛んだ兄の表情が迷いを浮かべる。だから置き換えて考えた。もし兄が殺されて、その原因が彼女だったとして……今回の私は許せるかしら。兄が殺すなと口にしたなら、許すの? 答えは出ない。でも自分の立場なら、許せなくても殺す程じゃないわ。
「父上とも相談する。今は答えられない」
頷いた。それでいい。少しでも迷って欲しいの。だってあの子は、痛みを知ってる。怖さも恐れも理解していた。頭を下げた彼女の肩も指先も震えてるもの。それでも私に謝罪した。その気持ちの分だけ、罪を軽くして欲しい。
シルお兄様の手が私の指先に触れる。いつもより冷たい。嫌な思いをさせてしまったのね。優しく触れる指先を絡めて手を握った。微笑んでその手を私の頬に当てる。驚いた顔をした兄に頷き、先に歩き出した。
エスコートを台無しにして、こんなの淑女らしくない。それがひどく心地よかった。この世界は新しく「やり直し」ているの。自由は手の届くところにあって、怯える私の指先はまだ伸び切っていない。届く先に新しい世界があるわ。その世界で、前回失敗した人も笑えるなら素敵ね。
屋敷に戻るまで兄は手を解かず、私も繋いだ手を揺らしながら歩いた。無言だったが、居心地は悪くない。明日は雨が降ると聞いて、ハーブを摘みに庭へ出た。シルお兄様とアリスに手伝ってもらい、摘んだハーブでお茶を淹れる。一緒に切った花を、あの子に届けるようお願いした。
あの塔は彼女達を閉じ込める意味はなく、攻撃されても守るための場所。その話を聞いて、お父様の心の広さに感謝した。お母様が、お父様を愛した理由がわかる気がして、自然と口元が緩む。ねえお母様、今回の私は間違っていませんよね?
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