77.もうお人形でいたくないの
毎日反省を繰り返す親子の話は、偶然耳にした。私の首が落ちる寸前に笑った、あの子……お父様とお兄様が塔に幽閉したのね。私が5年戻ったなら、あの子だってまだ同じ年齢のはず。
「お兄様、私……あの子に会ってみたいわ」
「ダメだ」
即答だった。腹の傷を癒す兄の体力づくりの一環で、庭の散歩が日課だ。同行することが多い私のお願いに、兄は理由も聞かずに却下した。分かっている。逆の立場なら、私も同じようにした。シルお兄様を傷つけた人に会いたいと言われたら、権限が及ぶ範囲で邪魔をするし拒否する。
私の心を守りたいと思うシルお兄様の気持ちは嬉しい。けれど、私は今回の世界で向き合っていないの。女神様の温情や家族に守られるだけの荷物になりたくないわ。説得するための言葉に、お兄様は噛みついた。
「お前が荷物になることはない。ティナは宝だ」
「そう思うのなら尚更、羽ばたく私の翼を折らないで」
守られるだけの人生を送る気はない。もしそう願ったなら、父も兄も全力で叶えてくれる。誰にも嫁がず、ただ甘やかされて、何も出来ないお姫様でいられるでしょう。前回の記憶がある貴族達もそれを許すかも知れない。でも私はそんな人形は嫌だった。それでは前回と同じよ。
「お願い、お兄様。もうお人形でいたくないの」
「っ……! わかった、父上には俺から相談する。少し時間をくれるか」
お父様が断ると思ってるのね。それで私が諦めると考えた。でもね、これは私のカンだけど、お父様は断らないわ。微笑んで頷く。数日後、青ざめたお兄様の口から了承が伝えられた。ほらね、私の思った通りだった。
塔の入り口には兵士が交代で立つ。これは逃亡防止ではなく、彼女達を害する者を拒む手段だった。前回の記憶がある貴族の中には、王国崩壊で財産を失った者もいる。彼らにしたら、すべての元凶はドロテなのだ。殺そうと思う者が出てもおかしくなかった。
「俺は放り出してなぶり殺しでも飽き足りないが」
物騒な言葉を、ぶっきらぼうな口調で吐き捨てる。本心もあるけど、それだけならお兄様はとっくに彼女らを見捨てたでしょうね。公爵家の敷地内とはいえ、端に位置する塔は警備が甘い。手引きして殺させることなんて、簡単だわ。お父様に逆らう決断であっても、必要ならお兄様は実行するはず。
口ほど悪いことは出来ない兄に微笑んで、手を預けて塔の階段を上った。大きく3つのエリアがある。一番下は地下の牢屋、中段までは聴取待ちの罪人を入れる部屋、それより上は幽閉が確定した者の住まい。過去には、気狂いした一族の者を閉じ込めた記録もある。
扉の前に立つ兵士に会釈し、中の様子を窺う。
「本日の反省を始めます」
ゆっくりと口にされたのは、前回の出来事だった。私が知らない彼女側から見た話は、驚きと混乱をもたらす。僅か15歳で両親を亡くして働き、庇護者もいない状況を生き抜いた。貴族に取り入り、驕っていった話も……私なら耐えられない過酷な現実ばかり。
同情なんて安っぽい感情は向けたくない。でも涙が溢れた。しゃくりあげた呼吸が妙に響いて、ドキリとする。気づかれてしまったかしら。ちらりと鉄格子の窓から覗いたら、彼女が平伏していた。
「前回は本当に、申し訳ありませんでした。私の命はお預けします」
その言葉に、心は大きく揺すられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます