76.許されてはいけない罪
反省する行為は、常に痛みと怒りに立ち向かうこと。両親は諭すように教えた。反省する過程で、己の罪と向き合う痛み、相手に与えた痛みを理解することで発生する痛み。最後にこんなに反省したのにどうして許さないのかと、人間は理不尽な怒りや苛立ちを募らせる。
「お前の罪は許されてはいけないんだよ」
父はそう告げた。涙を浮かべて、だから自分達も一緒に償うのだとドロテの手を握る。この温もりは前回失われたもの、こうして手が届き話せる奇跡を実感した。
「ドロテが犯した罪は3人で償っても足りないの」
母は穏やかにそう口にして、今夜も女神に祈りを捧げる。己の中に生まれた感情を昇華し続けることは難しく、両親に八つ当たりした日もあった。
「私を置いて死んだくせに、私を責めないで!」
悲しそうな両親は反論せず受け止め、その表情に涙がこぼれた。泣きながら謝り、八つ当たりを詫びる。不安定な娘の状態を、両親はただ支え続けた。こうしてやり直す機会を与えた女神に感謝し、生かされた温情への礼を捧げる。まるで聖職者のような生活だった。
朝起きて身支度を整えると、食事をして反省を夕方まで繰り返す。日が暮れると桶の湯で身を清めて、食事の前後は女神に祈り続けた。ふた月も経つと、ドロテの表情は穏やかになる。眦が下がり、声を荒げることも減った。穏やかな生活の中、彼女は決意する。
「女神様の神官として生き、死にたいと思います」
神殿に入ることが出来ずこの塔に幽閉されるとしても、神官として生きることは出来る。神官の資格を得ることがなくとも、当人の心の持ちようなのだから。
前回は欲にまみれて生き、欲に溺れて死んだ。石打ち刑の長さは、それだけドロテが人々を傷つけ苦しめた証拠で、恨むに値しない。そう思えるようになるまで、こんなにかかった。長いと思うか短いと感じるか。
「ならば私達も同様に」
我が子が決めたこと。この子が血を残さず家が絶えたとしても、なんら問題はない。大切なのは出会うこともない数代先の未来ではなく、現在だった。信心深い両親にとって、娘ドロテの改心は歓迎こそすれ厭う要素はない。
「今日の反省を始めます」
ドロテは自分からそう切り出せるようになっていた。ゆっくり語り出した前回の物語は、彼女の視点から語られたにも関わらず、己の非を認めた告解に近い。何が悪かったのか、どこで間違えたのか。そこから得る教訓を含めて柔らかな声で語り終えた。今日は気持ちが落ち着いている。
「……っ」
息を呑む音がして、首を傾げる。この部屋は両親と私だけ。扉の外にいる兵士は毎日聞いている話だから、今さら声を上げたりしないのに? 不思議に思い顔を向けた先で、金髪が揺れた。鉄格子が入った扉の窓から覗くのは、2人の人影。
「前回は本当に、申し訳ありませんでした。私の命はお預けします」
頭を下げて床に伏す。出来たら両親は許して欲しいけれど、この命と反省だけでは足りないから。助命嘆願はせずに扉の向こうに立つ方々に声を掛けた。無礼は承知の上、この機会を逃したら謝罪も出来ない。言葉で足りないことを理解しながら、ドロテは凪いだ気持ちで己を差し出した。
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