75.友人として従兄弟として
ヴォルテーヌ公爵家が帝国に下り、侯爵に爵位を改めた。帝国にしたら領土が拡大されたが、同時にその領地の管理人も手に入れた形だ。豊かに実る穂が揺れる大地を見渡し、皇帝は満足げに頷いた。
「よかろう、約束通りだ。好きにするがよい」
「感謝いたします、父上」
バルリング帝国の皇太子カールハインツは、ゆっくり一礼した。隣国ジュベール王国の末路が伝わったのは、つい最近のことだ。腐敗した王家とその取り巻きを、フォンテーヌ公爵家が潰した。自らの手を汚さず、前回の因縁と知識を元に駒を配置した手並みは、見事の一言に尽きる。義理とはいえ叔父に当たるクロードの采配は素晴らしかった。
これで自由に動ける。皇太子の地位を存分に生かすことが可能となった。コンスタンティナは公女殿下、公国の淑女の頂点に立つ女性だ。簡単に会える人ではないが、地位が上がったからこそ、カールハインツは会いやすくなった。
バルリング帝国の皇太子は第一皇位継承権を持つが、それは不安定だ。常に下位の者と争い勝ち続ける宿命を帯びていた。その不安定さを払拭し足場を固めるため、前回の知識を活用した。近くで助けられる立場を得たい。恋人や婚約者ではなく、何かあれば頼れる友人として。
彼女を妻として望むことも出来るが、政略結婚で縛る気などカールハインツにはなかった。これが私に出来る唯一の贖罪だ。友人として、従兄弟として認められること。それ以上を望むのは不遜であろう。
フォンテーヌ公国と国交を結ぶ。叔父クロードは、王位を名乗らなかった。フォンテーヌ王国とすることも容易い状況で、公国を名乗る。他国との交渉が不利になる可能性があるにも関わらず、貴族支配の国を興した。その真意が私の予想と同じなら、コンスタンティナには地位の高い友人が必要になる。私のような。
「クロード殿と会って、何とする」
「絶対に敵に回したくない人ですから、味方であると表明するつもりです」
爵位を落としての統合に難色を示したヴォルテーヌを説得した功績は、5年間の自由。皇太子としての地位を維持したまま、好きに振る舞う権利を得た。そのために根回しを行い、周囲からじわじわとヴォルテーヌを追い詰めたのだ。直接血を流したわけでなくとも、この手は赤く濡れている。それ以前に、この身に流れる皇族の血は濁っているだろう。
「フォンテーヌに手を出す気か」
「いいえ。父上、私は彼女の味方になりたい、ただそれだけですよ」
彼女が誰か、問うことはなかった。前回もそうだが、すべてを見透かしたように父は沈黙を守る。以前は冷たいと思ったのに、高みに立ってカールハインツはようやく気付いた。これは配慮であり、優しさだ。
「失礼いたします」
背を向けて去る息子カールハインツを見送りながら、皇帝は静かに目を閉じる。恋心を殺して尽くす気か。愚かにも、カールハインツは己を過信している。人とは、そこまで理性で動く生き物ではなかった。破綻する、それもまた若さか。ならば失敗して戻るもひとつ――致命傷にならねば、それもまた若さゆえに許されよう。
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