70.どこからが策略であったか
治安が悪くなり、民の不満が溜まっていく。盗賊や強盗が増えた対策を取るが、どうしても後手後手に回ってしまう。前回不幸な最期を迎えた妹コンスタンティナのために、足下はきちんと整えておきたかった。少なくとも王家とは違うのだから。
見回りを終え、捕まえた強盗を投獄するよう命じた帰り。思わぬ足止めを食らった。果物を積んだ馬車の車軸が折れたらしく、道を塞いでいる。見過ごすのは簡単だ。馬は道を外れても走るので、回り込めば終わりだった。困惑した顔で馬車の荷台から荷を下ろす民を前に、知らん顔できる面の皮の厚さがあれば……の話だ。
少なくとも、シルヴェストルはフォンテーヌ公爵家跡取りとして、クロードからそんな教育は受けていなかった。民の苦境は己の苦境、そう考えられぬ者は領主に相応しくない。
「手伝おう」
「いえいえ! 恐れ多いことです。村に知らせていただければ後はなんとか」
確かに村に知らせて手伝いを頼めば、夕刻には片付くだろう。だが荷の果物は熟れて食べ時だ。これを炎天下に放置したら……当然商品にならなくなる。捨てるのも惜しいが、彼らの生活が成り立たなくなるはずだ。
幸いこちらは騎士達が揃い、体力も余っている。
「民の苦境を見捨てる領主にする気か?」
笑いながら馬から降りた。騎士達も続き、騎士見習の少年が手綱を集めて歩く。近くの木に繋ぐよう命じたシルヴェストルは、騎士服の袖を捲った。すでに一部の騎士は果物を降ろし始めている。革の手袋はそのままにした。身軽な者が馬車に乗って荷を下ろし、上から順番にリレー式で片付ける。
「んっ」
「これは……」
思わぬ場所の筋肉を使用するため、騎士の中には腰を叩いたり肩を回して解す者が現れた。悔しいが俺も腰が痛い。シルヴェストルは苦笑いを浮かべて背を反らせ、腰を叩いた。
「まだまだですな、若様」
年上の騎士が笑いながら軽々と箱を動かす。よく見ると体の捻り方が堂に入っていた。
「見事だな、セド」
愛称を呼んで褒めると、実家が農家なのだと口にした。秋になると長期休みを取って、両親や弟夫婦を手伝うそうだ。毎年の恒例ならば、慣れているのも頷ける。真似ながら果物をほとんど下ろし終えた。額や首筋に伝う汗を乱暴に拭い、シルヴェストルは水筒の水を喉に流し込む。
半分ほどになった残りを頭から浴びた。行儀は悪いが、この場で綺麗ごとは不要だ。その時だった。誰かの悲鳴が聞こえ、直後に突き飛ばされる。受け身を取り損ねた体は転がり、すぐに近くの騎士に起こされた。
襲撃だと叫ぶ年長の騎士セドが、取り囲まれ背中を切られる。邪魔だからと剣を腰から外した騎士もおり、慌てて各自の剣を握った。その間に数人がケガをし、シルヴェストルに向けられた凶刃をエミールが防ぐ。全身に細かな傷を負いながら、必死で戦う友人の腕が血を噴き上げた。
防戦一方だったシルヴェストルの動きが変わる。攻撃に転じた彼を中心に騎士が陣形を整え、それぞれに動いた。訓練で身に染みこませた挙動は、見事な連携を生む。ほとんど片付け終えたと思い、肩で息をするエミールを抱き起した。
「無茶をする」
「これがお役目……っ、シル!!」
久しぶりに愛称で叫んだ友人の声と同時に、腹に熱を感じる。刺さった剣をエミールが蹴飛ばした。抜ける際に傷が痛みを叫ぶ。全身に広がる激痛に震えながら、屋敷で待つ妹の名を口にした。
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