71.国を興し後顧の憂いを断つ

 領地の管理は息子に任せてきた。屋敷の警備も整え、久しぶりに遠出をする。フォンテーヌ公爵領と国境を接するランジェサン王国、その端にある小さな町へ足を伸ばす。晴れた空は澄み渡り、暑いくらいだった。


 額や首筋に滲んだ汗を拭いながら、馬に揺られて国境を越える。小さな門があり、門番は敬礼して見送った。大した手続きは必要ない。我が妻であったディアナ姫の故郷なのだ。現国王陛下の義弟に当たるクロードを狙う理由がなかった。


 町の中は馬を引いて移動する。賑わう町は、フォンテーヌとランジェサンを繋ぐ街道が機能している恩恵を、存分に体現していた。旅人や商人が落とす金で潤う町は、立派な宿が立ち並ぶ。町の外れには酪農を営む者が住み、その肉や乳はフォンテーヌに出荷された。逆に麦や卵は輸入する。互いに持ちつ持たれつの関係だった。


「ここだ」


 ジョゼフを伴い訪れた宿は、表通りの豪華な宿と違い、落ち着いた風情を醸し出していた。寂れた感じではない。馬を預けて扉をくぐると、ランジェサンの近衛騎士が敬礼した。


「お待ちしておりました。クロード様、ジョゼフ様。陛下がお待ちです」


 無言で頷き、案内された部屋で寛ぐ初老の男性に一礼した。勧められるまま向かいに腰掛け、ひとつ溜め息を吐く。


「陛下、お元気で何よりですが……自国内とは申せ、このように玉体を軽々と移動させては」


「ならぬ? そなたまで堅苦しいことを口にするのか」


 苦笑いする国王アシルは、すでに散々叱られたと隣の近衛騎士団長を示した。顰めっ面の騎士団長は苦労しているのだろう。他人事とは思えず、ジョゼフは同情の眼差しを送る。


「最後に顔を合わせたのはいつだったか」


「ディアナの葬儀でございます」


「……我が義弟おとうとよ、普通に話してくれぬか」


 国王となれば、対等に話をする相手は限られる。他人行儀な口調や態度は、距離を感じた。クロードはひとつ深呼吸して、口調を戻す。


「わかった。わしもその方が楽だ」


 用意されたお茶が並び、毒見を済ませると口をつけた。同じポットから注がれるお茶に口をつけないのは、作法として無礼に当たる。同じ席についたジョゼフも同様に従った。


「ジュベール王家が滅亡したと聞いた」


「耳が早いな」


 にやりと笑うクロードへ、アシルはぐっと身を乗り出す。


「上手に駒を使ったではないか」


駒遊びチェスは得意でな。うまく転がった」


 前回、王家は最後まで王太子アンドリューを庇った。廃嫡後も城内で生活させ、幽閉や投獄、放逐といった手段は取られない。処刑しても足らぬとクロードやシルヴェストルが脅しても、庇い続けたのだ。そのため、フォンテーヌ公爵軍が王城を攻め落とした。陥落寸前の城に火を放ち、立て籠った国王夫妻と元王太子を焼き殺したのだ。


 帝国に領土の半分を奪われ、他の公爵家は王国を支えきれずに、次々と倒れた。王国は崩壊し、フォンテーヌ公爵領も災害と飢饉に見舞われた。あれが女神の罰というなら、今回は繰り返してはならぬ。


「用件に入ろう。フォンテーヌ公爵領は公国として独立する。ヴォルテーヌを除く各貴族家の土地は併合し、貴国と同盟を組みたい」


 前置きも駆け引きもなしで、本題を切り出す。予想していたのか、国王アシルは黙って最後まで聞いた後、にやりと笑った。


「決断が遅いので心配したが、腑抜けていたわけではなさそうだ。フォンテーヌ公国ならば、同盟はこちらからお願いしたい」


 狸と狐は化かし合うこともなく、合意の握手を交わした。

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