65.足りなかったものを探す旅
話をすべて聞き終えた両親の心境は複雑だった。街で聞きかじった前回の噂もあり、否定する気はない。前回の記憶がない自分達には理解しづらいが、娘の話を疑うことはしなかった。
我が子が生活に苦しんだ原因は、自分達の早すぎる死だという。流行り病があり多くの民が死んだ。だからドロテは王都から逃げようと口にしたのか。娘の不可解な言動が繋がっていく。平民であり、高等教育など受けていない両親が理解できるのは、娘が他者を貶めてのし上がった現実だった。
復讐されて当然だ。逆の立場なら、我が子を死に追いやった元凶を生かしておく理由がない。置かれた立場、恵まれた現状の不安定さに震えた。
「お前は変わってしまったんだな」
ぽつりと呟いた父親の言葉に、ドロテが顔を上げる。真っ赤に腫れた目蓋と濡れた頬が、お菓子が欲しいと強請った幼い頃の姿と重なった。変わった原因が自分達の死による貧乏な生活と苦労だった。責める立場にいない。一人娘をどれだけ嘆かせ、苦しめたのか。
一線を越えた娘に対し、どんな言葉を掛ければいいか。隣で涙を拭う母親が手を伸ばした。動かないドロテを抱き寄せ、胸に彼女の顔を押し当てる。
「どんなに変わっても、罪を背負っても、あなたは私達の娘よ。だから一緒に償いましょう」
母マノンは覚悟を決めた。他人から見て不出来で親不孝な娘であっても、己の腹を痛めて産み育てた我が子だ。彼女が罪を犯したなら、そんな子に育てた親にも責任がある。償いに命を差し出せと言われたら、自分達も一緒に罰してもらおう。
命以外で償う方法があれば、懸命に頑張ればいい。先ほど食べたシチューの温もりを思い出す。冷や飯どころか、食事を与えない選択も出来るのに。公爵家の方々はそのような指示をしない。日の差し込まぬ地下牢に閉じ込めることもなかった。
「ドロテ、お前に足りなかったのは思いやりと反省だ。もう一度同じ話をしなさい」
驚いた顔をする娘に、同じ話をさせる。何度も何度も、日が暮れるまで。求められる誠実さが分からないドロテに、両親は答えを見つけさせる選択を突きつけた。彼女の吐き出す自己弁護が刃のように心を切り裂くとしても、それは当然の罰だ。答えを与えて反省させても、ドロテは成長しない。
牢番が運んできた夕食に深く頭を下げてから頂く。残す選択は無礼であり、食べ終えてから眠る前までドロテは前回の話を復唱した。徐々に話の内容が変化していく。誰が悪かったのか、どこから間違えたのか。ドロテはようやく己の犯した過ちに正面から向き合おうとしていた。
数日同じことを繰り返す。向かい合って両親に己の罪を吐き出すだけの日々、辛い時間はドロテに変化を齎す。両親が望む答えは分からなくとも、根気強く話を聞く父母に応えたい気持ちが沸き起こる。
一言ずつ選んで言葉を紡ぐ。自分が逆の立場だったらと、公爵令嬢の感情や立場を想像出来た時、ドロテは泣くことも出来なかった。そんな生ぬるい感情は消えてしまう。絶望に全身の血が下がり、震える手で己を抱き締めた。
毅然と振る舞った最期、あの美しい顔は奇跡だ。全部手に入ると醜く笑った私と正反対の……女神のような人だった。その夜は一睡もできず、ドロテは無言で月を見上げ続ける。その後ろで両親も静かに、女神へ祈りを捧げた。
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