66.獣には相応しい舞台を
どこで間違えたのか。今回こそ彼女を手に入れるはずだった。フォンテーヌ公爵家に邪魔をされなければ、今頃彼女と一緒に暮らしていたのだ。
歯軋りして檻の中を歩き回った。鎖で足首を繋がれたため、鉄格子に近づくことは出来ない。外の様子を窺うことも無理だった。ドロテはどこへ連れて行かれたのか。近くの牢にいるか。それだけでも探ろうとしたが、公爵家の牢番の口は堅い。何も答えなかった。
苛立ちだけが募る。両親は一度だけ面会に来た。ここから出してくれるよう願ったが、首を横に振る。その顔に浮かぶ感情は失望だった。
「お前には言い聞かせたはずよ。今度は間違えないで、と」
「我がワトー男爵家に息子はいなかった。そういうことだ」
実家が襲撃された話を聞かされ、ジャックの表情が強張る。もしドロテを実家に連れ帰っていたら、王太子に襲撃され奪われた。その場で俺を殺したかも知れない。まだ未熟な、騎士未満の俺が、権力者からドロテを守り切るのは無理だ。
恐怖がじわりと忍び寄った。愚かな判断の結果、ドロテを死なせた可能性に震える。彼女さえいれば幸せだった。なのに、今回もドロテは俺の物に出来ない。どうしたら独占できる?
その考えがすでに間違っていた。5年という月日を遡ってなお、狂ったジャックの思考は「ドロテを所有」しようとする。盲信的に愛し、狂い、独占しようと望んだ。罪の重さに気づくことなく、奪われる恐怖に苛まれる。この時点で、ジャックに差し伸べられた救いは途切れた。
「反省を知らぬのは哀れなこと、見下すことしか出来ぬのは愚かなことだ」
元宰相ジョゼフは、牢の中を歩き回る若者の惨状を嘆く。己の過ちにまだ気づかないジャックに未来はなかった。
「飼い殺すおつもりですか?」
解き放つのは危険だ。それは共通の認識だが、無駄飯食らいを飼うのか。冷めた声で尋ねる友人に、クロードは口角を持ち上げて笑った。公爵家当主として、数えきれない決断を下してきた。その中には残酷なものも、凄惨な結果を導いたものもある。だが前回と違い、今回の人生に後悔は残したくなかった。
「禍根を断つ、これは政の基本だ」
許してよいもの、許してはいけないもの。仕分けに失敗すれば、一族が滅ぶ。高位貴族や王族の失態であれば、国が亡びる原因だった。前回も今回も、そうであったな? 問いかけるクロードが首を傾げ、ジョゼフは静かに追従の意思を持って頭を下げた。
赤毛の騎士ジャック・ワトー。生かしても害にしかならぬなら、効果的に使うのがよかろう。その死は揺るぎない確定として、利用価値はまだあった。残酷で凄惨な結末を招くと知りながら、ジャックに間違った情報を与える。洗脳じみた誘導の結果、彼は決意した。
――王太子アンドリュー、その両親である国王夫妻はドロテの敵だ。排除せねばならぬ。
赤毛の獣は王城に解き放たれる。その髪色をさらなる赤に染めるために。
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