58.王宮は土台まで腐っていた

 その先を聞かずとも察してしまった。クロードは痛ましい彼の過去を思い、目を閉じる。見せしめに目立つ顔に傷を残した。金での弁償が出来ない男から足を奪ったのは、腹いせだろう。


 商家の苛立ちは理解できる。上客を怒らせた上、品物は紛失。最終的に短慮で己の会社の経理係まで失った。


「前回は復讐も出来ませんでした。ですが、今回は違う。やり直すチャンスをもらったのです。事件は両方とも起きた後でしたが、私は知っています。王家も貴族も、もう大した力は持っていない」


 恐るべき意見だった。間違ってはいない。王家の権威は失墜し、財力もほぼゼロだ。この状態で主だった貴族はより優秀な寄生木やどりぎを求め、公爵家は独自に動いた。ヴォルテーヌ公爵家は帝国の侯爵となり、四大公爵家の形すらない。


「我がフォンテーヌにも恨みがあったか?」


「いえ。私が襲撃を指示したのは、最初の5件のみです。商家の3件は私の足と顔を傷付けた者でした」


 本家と分家か。資料を読んだので、この商家が何らかの恨みを得たのは想像したが。残りは貴族家だった。


「後日、紛失した宝石は見つかっていたのですよ。前回の記憶がなければ、今回も間に合わないところでした」


 己のクローゼットから発見した宝石を、今更返す気にならなかった伯爵令嬢は、その首飾りをバラバラにして再加工するよう命じた。盗品だと知りながら加工した職人と、売り捌いた男の家を襲撃させた。


「罰ならば受けましょう。どうせもう……何も残っていません」


 財産、家族、名誉、職、爵位、顔、足――奪われるだけの人生だった。彼自身は常に真っ当に生きようとしたのに、過酷すぎる運命を与えられた。だが、偶然にも彼は前回を知っている。


「なぜ前回の記憶がある? あの夜会に参加したのか」


「知っていましたか? 夜会が開かれると、施しがあるのですよ。我らのような貧民に情けを与える名目で、地面に撒き散らして漁る姿を鑑賞するのです。高貴な方々の娯楽のお陰で、贅沢な食材を口に出来ました」


 驚きに見開いたクロードの目が、ゆっくりと手元に戻る。硬く握りしめた拳がやる方ない怒りで震えた。


「偶然でした。数日前から水しか口にしていなかった。通い慣れた王宮の生垣を潜って、あの場面に遭遇し……」


 語り疲れたのか、フェルナンは大きく息を吐いた。途切れた言葉の先は誰よりも知っている。


「気遣いに、感謝する」


「いいえ」


 お悔やみを申し上げるのも違う。だから口を噤んだ。あの悲劇を声に出す気もない。世の中はここまで不条理なのかと天を仰いだのが最後の記憶だった。薄汚い路地で目覚めて、すぐ動き出した。未来を知っていれば、多少は有利な動きも可能だ。王家派を中心に脅し、金を巻き上げた。後ろに大きなバックがあると勘違いさせ、軍資金を集めたのだ。


「与えていただいた私室の鍵がかかる引き出しに、王家派から巻き上げた金貨があります。私は復讐を果たした。それを利用して誰かが起こした騒動の、責任を取ります」


 首を差し出すと言って、床に座った男の顔に未練はなかった。首から下げていた紐にかかる鍵を差し出し、静かに平伏する。


「事情はわかった。沙汰は追って連絡しよう」


 部屋に戻れと言ったクロードを食い入るように見つめ「逃げると思わないのか?」と尋ねるフェルナンの声が掠れる。


「逃げる者はそのように問うたりせぬ」

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