57.持たぬ者はどこまでも奪われる

 フェルナンは有能な文官だ。経理に関する仕事で、フォンテーヌ公爵家のどの文官より優れていた。事実は事実として肯定した上で、彼を手元に置いたのには別の理由がある。


 四大公爵家のお膝元で起きた、様々な事件の容疑者なのだ。逃がしたくなくて一時的に雇用して囲い込んだが、思ったより有能だった。情報を盗むかと囮も混ぜたが、一切の漏洩は確認されない。何も知らなければ、ただの文官だった。


「公爵閣下、私に尋ねたいことがおありなのでは?」


 先に切り出したのはフェルナンの方だった。目配せされたジョゼフが席を立ち、部屋の外へ出る。対峙するなら二人と決めていた。立場の強い自分が、さらに味方となる者を連れて見下す必要はない。扉の外で待つジョゼフと騎士の存在は仕方ないだろう。


「足もとが騒がしい」


 切り出す言葉を決めていなかった。先にソファに腰掛け、手ぶりで向かいに座るよう指示する。素直に従ったフェルナンは、仕事中に掛ける眼鏡を外して胸ポケットにしまった。ゆっくり行った所作の後で、大きく深呼吸して顔を上げる。


「存じております。仕掛け人は私ですから」


 自供と呼ぶにはあっさりと。騒動を起こした元凶であることを認める。ここで激怒して牢に放り込むほど短気な主君ではない。自ら見極めたクロードの人柄を信じ、視線を逸らさなかった。互いに見つめ合うこと数分、クロードは眉を寄せる。


 厳つい表情になったクロードは静かに理由を問うた。


「理由を述べる気はあるか?」


「はい。私が義足なのはご存じですね。遡ってお話ししましょう」


 前回より以前に経験した過去を語る。それは嫡男シルヴェストルの元婚約者アドリーヌの実家に関する話だった。この事件はクロードも耳にしたが、当事者から顛末を聞くのは初めてだ。ご令嬢の勘違いから始まり、一方的な処断で終わった。その結末に目を伏せる。


 同情の言葉を掛けることも出来ない。人生で築いたすべてを奪われた。その憤りと恨みは計り知れない。だが、話はここで終わらなかった。


「文官の地位を追われた私は平民となり、大きな商家で働き始めました。ご存じの通り数字に強いですから、重宝されたのです」


 これほどの腕があれば、商家で優遇されただろう。その新たな人生すら、また奪われたのだ。今度は顔と足を一緒に。ぎりりと拳を握ったフェルナンは、気持ちを落ち着けるために目を閉じた。頬に残る大きな傷は、ぎざぎざと引き攣れている。剣より切れ味の悪い物で付けられた証拠だった。


「前回、モーパッサン公爵家とリュフィエ公爵家が婚約しました。リュフィエ公爵の姪であるルフォール伯爵令嬢は、借りた店の宝石を紛失なさった。その罪を返却の受け取りに向かった私に擦り付けました。平民がいくら弁明しようと、貴族令嬢の証言を覆せるわけがない」


 震えるフェルナンの声が感情を滲ませる。痛ましい状況にクロードは目を伏せた。その事件も耳に届いていた。当時は何ということもなく聞き流した話だが、まだ続きがあるのだろう。無理に促すこともせず、フェルナンが口を開くのを待った。

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