48.美しさの裏は知らないまま
同じ出身地の人が似たような風貌を持つ話はよく聞く。それに慣習やマナーも同じなので、旅先で同郷の人と出会うと懐かしく感じるとも。
私はこのジュベール王国を出た記憶はないけれど、お母様の仕草を覚えている。お茶を飲むときにカップを口元で一度止めて香りを楽しみ、透明のガラスの場合には色も確認した。毒を警戒するのかと思えば、それがランジェサン王国の作法なのだとか。
各国の作法を王宮で学ぶ機会があったため、後日答え合わせが出来た。母の所作は美しく、いまでもはっきり思いだせる。目の前の青年は豪華な服は着ていないが、母に通じる優雅さがあった。ランジェサン王国は、こんな穏やかな人ばかりなのかしら。
気候や食べ物、習慣の違いなどを丁寧に話す青年は、リッドと名乗った。
「リッドはどうしてジュベール王国に?」
「親戚の女の子に会いたくて」
父親の妹がこのジュベールに嫁いだらしい。その子供なら、リッドから見て従姉妹に当たる。整ったリッドの顔から想像すると、従姉妹は可愛い子だろう。
「素敵ね。叔母様も大切に思われているみたい」
「そうですね。自慢の叔母です」
話は再びランジェサン王国の祭りに戻った。冬が長く春はほとんどない。いきなり暑い夏が訪れるため、他国から来た人が体調を崩しやすい。そのため貴重な春より秋に祭りを行うのだとか。他国から穀物を輸入するランジェサン王国は、羊毛や養蚕の技術が優れている。
ちらりと私達のワンピースを見てから、彼はこっそり教えた。
「実は、お姫様達が着るドレスの絹は……蚕という芋虫が吐いた糸を使っています」
「え? あれは蚕の糸なの?」
「正確には吐いた糸で繭を作るので、それを解いて利用させてもらってます」
驚いた。美しい絹の光沢は虫が作った糸……知ってたら、袖を通すのを躊躇うかも。あの心地よい感触は、虫が自分の寝床を作る糸だったのだわ。奪ってしまうなんて可哀想ね。
「代わりに、飼うんですよ。必要な餌を用意して、快適な部屋を与え、彼らの繁殖を助けます。お互い様ですね」
実際の様子を知らない私の青ざめた顔色に、リッドは慌てて誤魔化す。絹が怖いと言わないけど、これからは今まで以上に大切にしようと決めた。
「またお話しできる?」
「ぜひ。しばらくこの国にいますから」
リッドは森の奥へ消えて、私はアリスとお昼寝をしてから戻った。初めての経験かも知れないわ。家族や婚約者以外の異性と、あんなに長く話したなんて。会いに来たという従姉妹を少し羨ましく思う。
「紳士的な人でしたね」
用心を解いた私と手を繋ぐアリスは、庭の薔薇を愛でながら笑う。釣られて口元を緩めながら、綺麗な白薔薇に触れた。棘に気を付けなくちゃ。
「お嬢様、顔が赤いですよ?」
「揶揄わないで! アリスったら。それに今はティナと呼んで頂戴!」
びっくりして指を揺らしたら、ちくりと棘が掠めた。血が滲むほどではないのに、騒いで手当をするアリスに悪いことをしたわ。
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