47.母の故郷の匂いがする人
シルヴェストルお兄様はまだ戻らない。王家と関わりを絶った私は、領地の屋敷で守られていた。前回は15歳になるまで悩ませた貧血も、今は沈黙している。朝起きて、立ちくらみや吐き気、眩暈の心配がないだけで気分は華やいだ。
窓の外は美しい鳥が舞う、心地よい好天だ。友人になったアリスは、普段は侍女として振る舞う。
「お願い、あのワンピースを用意して」
「かしこまりました」
絹のワンピースを脱いで、しっかりした綿の生地の肌触りに頬を緩める。執事のクリスチャンやアリスが用意した空色のワンピースを纏い、髪を三つ編みにした。これで準備は終わり。
「行きましょう、アリス」
「わかったわ」
絹を脱ぐのが合図、綿のワンピースを着たら、私とアリスは対等の友人よ。クリスチャンも敬語をやめるようにお願いした。この綿の服は私にとって、童話の魔法のドレスと同じだ。欲しい友人を連れてきて、自由に解き放ってくれる。
「おや、また庭へ? 今日は外から庭師が入っていますから気をつけて」
クリスチャンの砕けた口調に、ふふっと頬を緩める。徐々に表情が出てきたと誰もが喜んだ。まだ擽ったいが、心配されたり愛されていると感じることは嬉しい。
駆け出した庭は、手前に花壇や東屋へ続く煉瓦道が並ぶ。その奥に大きな噴水があって、さらに向こうは茂みを越えると林だった。屋敷からの景観を重視して手を入れた林は、様々な樹木が並ぶ。自然の森では見られない、手入れのされた道があった。
先日見つけた心地よい場所へ向かう私は、驚いて足を止める。庇うようにアリスが前に立った。誰? 知らない人がいるわ。
帽子も被らず外出した私を見ると、その青年は目を見開いた。それから頭を下げる。前髪が長く、顔は半分しか見えなかった。外から来た庭師かしら。
「お屋敷の方でしょうか。失礼しました」
不思議な訛りのある言葉は、異国の匂いがする。この響きは、隣国バルリング帝国かしら? 違うわね、ランジェサン王国だわ。王女であるお母様は綺麗な発音だったけれど、この方は違うみたい。母の祖国から来た彼が気になった。
ランジェサン王国は寒い日が多く、金髪や銀髪の人ばかりと学んだ。いつか訪ねてみたい国だ。話が聞けるかもしれない。ドキドキしながら、言葉を探した。
「あの……ランジェサン国の方ですか? お話を聞きたいの」
最後はアリスにお願いするように、細い声を絞り出す。いつもの公爵令嬢の姿なら、人見知りなんてしないけど。今の私はただの少女に過ぎない。だから泣いて笑っても許されるし、人見知りも仕方ないわ。
「ええ、構いません。どのような話からお聞かせしましょうか」
穏やかな声で了承してくれた青年に、ほっとしながら少し離れた位置に腰を下ろす。花が咲く草の上に直接座る私を守るように、アリスが間に入る。用心を隠さないアリスにも微笑みかけ、青年は長い前髪をかき上げた。あら、お母様に少し似てるわ。きっと故郷が一緒だからね。
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