46.あなたが謝ることはない
盗賊や強盗と化した人を捕らえていく。どんなにたちが悪い罪人であっても、可能な限り生け捕りが基本だった。圧倒的な強さを誇る公爵家の軍人だから可能なことだ。実力差が大きいほど、被害が少なく対応出来るのだから。
「なぜ殺さないの? 私の夫は……」
泣き崩れるオドレイは、夫を強盗に殺された。食べるに困らない程度の小さな食堂を営み、愛する人と結ばれて子ども達を育て上げた。これから夫と2人で静かな日常が始まって……成長した子ども達が連れてくる孫を可愛がることを楽しみにしていた。
平和な日常をいきなり壊され、財産だけでなく家族を奪われる。その悲しみと憤りは彼女から理性を奪った。穏やかに微笑む食堂の奥さんはここにいない。
「私が殺してやるっ!」
持ち出した料理用のナイフで切りかかり、縛られた強盗の腕に傷を負わせた。悲鳴を上げ、失禁して座り込む強盗の男が情けなく命乞いをする。その姿にもう一度、オドレイはナイフを振り上げた。その手を騎士が止める。
「ご夫人、この者は裁きと罰を受けさせる。だから」
「邪魔しないで! あんたも殺すわよ」
私を盾にして夫を縛り上げ、抵抗できない彼を殺した。店の金や食料を奪い、夫がくれた唯一の首飾りさえ……裁きなんて待てない。興奮したオドレイはナイフを振り回し、勢いに驚いた騎士の腕を切って隙を作った。この野蛮な獣を殺して、私も死ぬ――そう決意したオドレイの動きは迷いがない。
死を覚悟した人間特有の、迷いも躊躇いもない動きでナイフを振り下ろした。咄嗟に手を出して止めたのはシルヴェストルだ。このまま殺させれば、オドレイが罪に問われる。残酷なようだが法律とはそういうものだった。
かたき討ちは法的に認められた場合のみ。今の彼女が感情のままに殺せば、オドレイが裁かれる対象になる。間に飛び出したシルヴェストルは、金属製の手甲でナイフを受け流してから革の手袋で刃を掴んだ。切れにくいはずの革に、刃が食い込む。まるで復讐への気持ちを代弁するように。
「シルヴェストル様っ!」
「構うな、問題ない」
走った痛みに顔を顰め、まだ引き抜こうとナイフを離さないオドレイに言い聞かせた。
「あなたの夫君は、料理人として振るうナイフで人を殺すことを許すだろうか?」
震える唇が夫の名を呼び、オドレイの手はナイフの柄から離れた。崩れ落ちた彼女の肩に手を置き、落ち着くまで待つ。その間に切り付けられた騎士は手当てを終え、任務に戻った。まだ周囲は強盗と格闘する物音が響く。
「……貴族様、申し訳……ございません」
公爵領を治めるフォンテーヌの子息だとは気づかない。ただ貴族なのはわかった。それも騎士が敬称をつける雲の上の存在だ。今更ながらに震えが戻った。我が子や孫にまで咎が及んだら、涙を流しながら顔を上げたオドレイに、シルヴェストルは首を横に振った。
「あなたが謝ることはない。あなたの夫君を助けられなかったのは、領主としての対応の遅れだ。すまなかった」
そこで初めて、オドレイは目の前の青年が領主の息子だと知る。美しい顔に憂いと謝罪の色を浮かべたシルヴェストルへ、オドレイはゆっくり頭を下げた。
「夫の仇を……どうかお願いいたします」
「罪人を裁き、正当な罰を受けさせる。約束しよう」
立ち上がったシルヴェストルに駆け寄った側近は、彼の革手袋を脱がせて消毒していく。治療を施した上に新しい手袋を嵌めたシルヴェストルの表情は厳しかった。
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