17.我が身に代えてもお守りします
宰相家から届いた親書は、親族のロワイエ伯爵家経由だった。一度は直接発送されたが、執事のクリスチャンに受け取りを拒否されたのだ。夜会で起きた凄惨な現場を知らないクリスチャンだが、主人であるクロードとシルヴェストルから話を聞かされた。
早朝に当主クロードに呼び出された時は何が起きたのかと思ったが、予想以上の重大事件だった。それが前回に実際起きた過去の出来事であり、同時に今回のやり直しで5年後に訪れる未来なのだ。当初は軽く混乱したクリスチャンだが、元から頭の回転はいい。
頭脳明晰で剣の腕もある彼は、数代前からフォンテーヌ公爵家の執事を務める家の長男として生まれた。代々執事にクリスチャンという名を与えるため、この名を受け継ぐ以上、人生のすべてを公爵家に捧げる覚悟はあった。必要な知識や教養、立ち振る舞いを身に付け、護身用の剣も学ぶ。忙しく過ごした彼の努力を、公爵は買っていた。
「あの愛らしいお嬢様が、そのような……っ、取り乱し申し訳ございません」
首を刎ねられ、教会に弔いの祈りを拒否された。冤罪が晴れるまで罪人として扱われたと知り、怒りで目の前が真っ赤になる。亡き奥方様は隣国の王家の末姫だった。クロード様と結ばれ、嫡男と姫君を遺されたあの方の宝だ。
母君を亡くされてからは塞いで笑顔を見せてくださらないが……どこのご令嬢より品があり、美しく、才能に溢れた自慢のお嬢様であることに変わりはない。そのお嬢様を王宮はどう扱ったのか! 取り乱したことを恥じて唇を噛みしめたクリスチャンに、クロードは命じた。
「王家からの手紙、伝令、使者、すべてをティナに近づけるな。もしあの子に近づく者がいれば、殺して構わん。責任は私が取る」
王家の使者を殺せば、反逆罪と不敬罪が適用される。だがそんなことは些末事、そう言い切った主君を誇りに思う。この方は前回の己の失態を隠さずに口に出された。その潔癖さと覚悟に身を引き締める。己の命に代えてもお嬢様を守ると誓おう。
「我が身に代えても、必ずお守りします」
「……頼むぞ」
命を大切にしろ、そう匂わせた僅かな躊躇いに微笑みで答えた。クリスチャンの名を授かった日から、覚悟は出来ている。侍従や侍女達に命令を出すため、一礼して退室した。まだ早朝の屋敷は静かに動き出したばかりだ。
不穏な未来まで5年、長いか短いか。クリスチャンは短いと感じる。まったく足りない。味方と敵の判別だけでも容易ではないし、これから様々な貴族家が連絡を取ってくるだろう。王家との間に結ばれた婚約を解消してお嬢様を自由にするのも急ぐ必要があった。
執事として有能な彼の一族は、様々な貴族家に通じている。各家の侍従長や侍女、執事として入り込んだ一族にも声を掛けておくか。出来る手はすべて打っておく。王宮に勤めた従兄弟や姉の顔を思い浮かべながら、クリスチャンは与えられた執務室へ急いだ。
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