18.気づくのが遅過ぎるぞ
ロワイエ伯爵家経由で手元に届いた親書を開く。学友であり共に学んだジョゼフの謝罪文が複数枚に渡り続いた。ただひたすらに前回の失敗を反省し、他者に責任を擦りつけない潔さは、彼らしい。
勉強の虫と笑われる程、学生時代の彼は真面目だった。先代アルベール侯爵はとにかく才能が乏しい人で、そのツケは領民の生活の貧しさに直結する。寂れていく領地を嘆き、ジョゼフは必死に学んだ。
休暇のたびに、実家ではなく豊かなフォンテーヌ公爵家に通う。何か学ぶべき点があるはずと、毎日領民と交流を持った。宰相にまで上り詰めたのは、そんな彼の人となりを買ったクロードの推薦が強かったのだ。
あの日、袂を分かつまで……クロードとジョゼフは親友であった。国家は王家と考えるジョゼフに対し、クロードは国は民で出来ていると主張した。王侯貴族のすげ替えなど簡単だ。しかし当時のジョゼフは聞かなかった。
王家がなければ国がまとまらないと考えたのだ。王家という旗頭があるから、民も貴族も従う。そう教え込まれてきた宰相の頭は固かった。公爵令嬢を憐れむ気持ちも、罪人だからと呑み込んだ。それがどうだ。蓋を開けてみれば冤罪で、苦労して纏めようとした貴族は王家を食い潰しにかかった。
親族ですら信用できない孤独な戦いの中、ジョゼフはついに限界を迎える。そして悟ったのだ。王家は貴族家のひとつに過ぎず、たまたま頂点に立っているだけ。フォンテーヌ公爵家やリュフィエ公爵家にも王位継承権はあり、いざというときは彼らを表に立てればよかったのだと。
気づくまでに時間がかかり過ぎた。もう後戻りできず、今さら許しを乞うことも出来ない。帝国の侵略による国の解体を少しでも軽くしようと奮闘する中、ジョゼフは暗殺された。目が覚めて5年前に戻ったことを理解した時、真っ先に女神様に祈りを捧げる。
今度こそ、間違えたりしない。そう書いたジョゼフの手紙を机に放り出し、クロードは苦笑いを浮かべた。向かいで息子シルヴェストルが拾い上げ、読み始める。
「気づくのが遅過ぎるぞ」
そう文句を言いながらも許す気なのだろう。父の口元に浮かんだ笑みを見ながら、シルヴェストルは飾らない文面に目を通し終えた。誰かのせいにせず、己の非を素直に認める潔さは貴族らしからぬ高潔さだった。まるで女神様の神殿で祈りを捧げる聖騎士のようだ。
「受け入れるのですか? 父上」
「手元で使うが、信頼に値するかは別だ」
信頼するには時間がかかる。関係を構築するには長い年月が必要だが、壊すのは一瞬だった。壊れたものを戻すのは、真っ新な状態より難しい。そのくらいはジョゼフも理解しているだろう。
「まずは手紙の返信だ。それから……ティナの婚約解消に知恵を借りるとしよう」
自分達は同じ側から物を見ている。だがジョゼフは反対側に立った人間だ。別の視点を持っていた。全く違う問題点を見つけ出すはずだ。愛娘を不幸にしないため、使える手札はいくらあっても困ることはない。裏切られぬよう、管理は必要だが。
高位貴族らしい狡さを口にする父に、息子は尊敬の念を込めて一礼した。
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