16.人形は微笑みを取り戻そうと足掻く

 私は侍女のアリスが淹れたお茶に口をつけながら、目の前で怒りに震える父の様子を窺う。さきほど届けられた手紙は、王家の封蝋がされていた。読み終えた手紙を破ろうとした父に、兄は冷静に言い聞かせる。


「証拠品です、保管してください」


「だがっ、このような侮辱的な内容! よくも送れたものだ、前回の記憶があるはずであろう!!」


 女神様がやり直しを命じられた夜、父も兄も夢で知ったそうです。私は早くに首を刎ねられたせいか、女神様にお会いしていませんが……。


「それこそが王家の愚かさの証。俺が預かります。クリスチャン、重要書類として保管だ」


 お父様の手でくしゃくしゃに握りつぶされた手紙を奪い、執事のクリスチャンに渡した。彼は記憶がないけれど、お父様の愚痴や独り言から事情を知ったらしい。同情と怒りを浮かべた眼差しで、手紙を受け取った。銀のお盆の上に置かれたくしゃくしゃの手紙を、伸ばして平らにする気はない。それがクリスチャンの意思表示なのかも。


 アリスを含め、公爵家の侍従や侍女には、私が殺された前回の経緯を話すそうです。知らずに私を引き渡したりしないよう手を打つのだ、とお父様は王家との対立姿勢を露わにしています。


「あ、そちらは?」


 お父様宛の封蝋がついた手紙と一緒に、手紙はもう一通届けられた。私宛の文字は、王妃殿下の筆跡のようだ。なのにお兄様もお父様も首を横に振った。まだ開封さえされていない。


「これも証拠品だ、触れるな」


「私宛てなのではありませんか?」


「だからこそ、ティナが読む価値はないよ」


 唸るように否定したお父様に尋ねたら、お兄様が返答する。仲がいい家族の姿が眩しかった。息の合った様子に髪を揺らすと、シルお兄様の指が頬に触れる。ハーフアップの金髪をさらりと指に絡めて、首を傾げた。


「今、少し笑ったか?」


「なんだと! 見逃した、もう一度微笑んでくれ。可愛いティナ」


 驚いて動きが止まった私を笑わせようと、お父様が必死で呼びかけるのですが……微笑みましたか? 自覚がないので分からず、困ってしまった。


「旦那様も若様も、そんなふうに追い詰めるのはおやめください。お嬢様が困っています」


 まるで私の代弁をするように、アリスが割り込んだ。侍女だけど、私にとっては姉も同然の存在だ。彼女の袖をきゅっと掴んだら、お父様はしょんぼりと肩を落とした。


「すまない、笑ったティナを見たかったのだ」


「お父様、ごめんなさい。頑張りますから」


 笑えるように特訓しなくてはいけない。夜の読書の時間を削れば、いえ……午後の勉強の時間でもいい。お父様が喜ぶなら頑張ろう。そう思ったのに、首を横に振られた。


「頑張らずともよい。ティナは前回、あれほど頑張ったではないか。今回はゆっくり過ごせ。気持ちがほぐれれば、やがて笑みも浮かぶだろう」


「そうだよ。ティナは何も心配しなくていい。王家との婚約解消も、いくらでも方法はあるから」


 そのあと、ぼそりと「王家がなくなれば婚約もなくなる」と不吉な言葉を口になさるお兄様に、お父様がにやりと笑いました。少し悪いお顔ですがカッコいいと思います。


「敵と味方の見極めが重要だが、今回は味方が多そうだ」


 お父様はそう呟くと、甘い焼き菓子を頬張りました。甘いものは苦手なのに……と見つめる先で、顔を顰める。隣のお菓子と間違えたようで、見ていた私も今度こそ口角が上がった。


 自覚のある微笑みに、お父様は目を見開き、続いて潤ませる。涙腺が緩いのは厳格なお父様らしくないのに、胸の奥で擽ったく感じました。

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