15.間違えてもこの首ひとつだ

 前回の記憶が蘇った貴族は大いに混乱したが、翌朝には気持ちを切り替える者が出てきた。


 ここジュベール王国の半分は、隣国バルリング帝国の一部である。それは属国という意味ではなく、政も財政も完全に独立した国家だ。帝国の広大な領土の端を借りる形だった。


 ジュベールの先代国王は戦が好きで、領地を接する小国を滅ぼした。だが小国の姫君は帝国へと逃れ、後に先代皇帝の側妃となる。王女を匿った帝国はジュベール国に土地を返すよう迫る。だが先代国王は手放さない。そこで政治的な駆け引きが行われ、数十年の貸与が認められた。


 ジュベール国から見れば、強大な帝国に妥協させたと溜飲を下げる。帝国はいずれ手に入る土地を彼らが耕すなら預け、民ごとジュベール国を切り取る予定だった。皇太子カールハインツが留学したのも、その布石の一部なのだ。そうでなければ、格下の王国に数年も皇太子を預ける理由はなかった。


 切り取りの準備が整ったところで、あの惨劇が起きる。荒れた国を手に入れても利は少ないと、帝国は手を引いて様子を見た。故に国を割る内紛は拡大したのだ。


 内情を知る宰相アルベール侯爵は、帝国と領地を接するオードラン辺境伯へ使者を送った。今ならば国のために動いてくれるだろう。王家を存続させることは諦めた。だが国を潰すことは出来ない。


 帝国に切り取られないよう手を打ち、フォンテーヌ公爵家を王家に押し上げる。前回の詫びも含め、王太子の王位継承権を剥奪する手筈を整えながら、国防の為にオードラン辺境伯を頼った。バシュレ子爵が功績を挙げるのは来年のこと、今ならばまだ褒賞を用意して与えることも出来る。


 急ぎ手を打ちながら、いかにしてフォンテーヌ公爵クロードと連絡を取るか、に頭を捻った。前回は王家の存続に固執したアルベール侯爵家が、味方につくと表明して信じてもらう方法だ。誠意を見せて頭を下げるしかあるまい。


 屋敷を見回し、己の持つ全財産の目録を作るよう執事に命じる。妻はすでに亡く、一人娘も嫁に出した。何もかも失い、投げ出すことになろうと……今回こそ国を守らなくてはならない。ジュベールという王家の名を廃止し、新たな国を興す。


 王位継承権一位である王太子アンドリューからの剥奪は可能だった。前回の記憶を持つ貴族達をまとめ上げれば、誰も反対はしない。第二位は王弟殿下だが、あの方は権力に興味がなかった。今後の生活の保証をすれば、継承権の放棄は問題ないだろう。


 第三位がフォンテーヌ公爵クロード、次が公爵子息シルヴェストルだ。彼らに任せよう。王家の交代と国の安定を見届けたら、この身は断罪してもらえばいい。この国が残れば、我が身も家名も消して構わなかった。


 前回は間違えた。今回こそは正しい道を歩きたい。女神様の慈悲とお導きを……両手を組んで祈りながら、アルベール侯爵ジョゼフは目を閉じた。


 瞼の裏に蘇ったあの日の光景は、赤に彩られている。噴水の前で愛娘の首を抱いた公爵と、大切な妹の亡骸を包んだ兄――不自然に揺れるご令嬢の右腕が妙に印象に残った。忠誠を尽くす相手を間違えた私だが、やり直しの機会にすべてを賭ける。間違えてもこの首ひとつだ。


 この老ぼれなど要らぬと言われれば、それまで。フォンテーヌ公爵家の思うままに私が滅びればよい。覚悟など、宰相職に就いた時から出来ていた。

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