11.今回は失敗したりしない

 王宮は悲鳴で目覚めた。王妃の絹を裂くような悲鳴で飛び起きた国王が、胸を押さえて蹲る。離れた王宮内の私室で、王太子アンドリューも目を覚ました。喉に貼り付いた声が詰まったように呼吸を阻害し、焦った侍従に背を叩かれる始末だ。


 フォンテーヌ公爵令嬢コンスタンティナを処刑した現場に立ち会った侍従や侍女は、すでに行動していた。王家の夜会で給仕や応対を行うのは、上級使用人に分類される者ばかりだ。彼らが一斉に辞表を提出した。掃除や調理を担当する中級使用人と、下働きの下級使用人だけで、王宮は回らない。


 貴族の使用人は職を辞す数ヶ月前に相談し、次の家で働くための紹介状を受け取るのが慣わしだった。紹介状がもらえない者は、貴族家での就職を諦めるしかない。なぜなら、紹介状を書かないことは、その使用人に問題があったと示す証拠なのだから。


 紹介状が間に合わないと言われても、構わず彼や彼女らは荷物を纏めた。王宮の上級使用人は、子爵や男爵の嫡男以外が多い。近衛騎士も下位貴族の次男や三男が主流だった。大量の侍従や侍女が離職して混乱する王宮の敷地内で、騎士や騎士見習いも大急ぎで辞職の手続きを取った。沈みゆく船と知りながら残る者は少なく、前回の記憶が残る者はあたふたと逃げ出す。


 国王の元に報告書が届いたのは、昼を過ぎた時刻だった。大量の離職者が出たため、新しい雇用募集を行いたいと執事が願い出たためだ。


「……我々以外にも、を知る者がいるのか」


 記憶が戻ったタイミングは、全員同じだ。コンスタンティナの13歳の誕生日――女神が降ろした神託の通り、あの場の者が戻された。冤罪により殺害された公爵令嬢の冥福を祈る人々の声が高まり、女神は降臨なされた。反省し後悔する者の声に呼ばれた女神は、記憶を残してのやり直しを命じられたのだ。王家の者だけが覚えていたならよかったものを。苦々しく思う。


 今度こそ間違うわけにいかなかった。当初の筋書き通り、コンスタンティナを次期王妃に据えて、国を守らねばならない。ジュベール王家あってこその国だ。そのための優先順位を考える国王は、手元の紙に書き記した。


 息子を騙し唆したドロテという女の始末、浮気出来ぬようアンドリューを再教育する必要もある。それから王太子の側近候補から、赤毛の騎士を外す。思い当たる危険分子を遠ざけるため、国王ウジェーヌは指示を出した。


 逃げ出す使用人や騎士は仕方ない。彼らも現時点で王家に弓引く気はないだろう。余計な発言をしないよう口止めを命じ、安堵の息をついた。物言いたげな執事の視線に気づく事なく。


 その頃、王妃コレットは手紙を認めていた。従兄弟であるフォンテーヌ公爵クロードに向け、前回の謝罪と今回のやり直しへの覚悟を書き切る。何度も読み返し、失礼がないのを確認して封蝋を押した。


 次に令嬢コンスタンティナへの手紙だ。己の体が弱く二人目の子が得られなかったコレットは、可愛い娘ができる事を楽しみにしていた。コンスタンティナは表情こそ硬いが、きちんと躾けられ礼儀正しい。見た目も美しく、本当に人形のようだった。自分に刃向かわない理想的な娘――彼女へ向け、今回は必ず王妃にする。死なせたりしないと気持ちを綴り、前回助けられなかったことへの詫びを付け足した。


 こちらは封蝋ではなく、花とリボンの飾りで閉じる。少し迷って、愛用の香水を振りかけた。これで気持ちが伝わるだろう。王妃コレットは侍女長に手紙をフォンテーヌ公爵家へ届けるよう命じた。


 愚かな息子を厳しく躾けなければ。人形のように従順で美しい嫁と並ぶ、対の人形でなければならない。浮気をしたり、娘となるコンスタンティナの首を刎ねる息子であってはならなかった。愛用の扇を手に、王妃は毅然と顔を上げる。今回は失敗したりしない。

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