10.冤罪が晴れたのは?
目が覚めたら夢なのではないか。愛されていると思いたくて、身勝手な夢を見たのでは? 不安になりながら目を開く。薄暗い窓の外は、夜明け前のようだ。早く眠ったので、変な時間に目が覚めたみたい。
ベッドの上でゆっくり手足を動かして、それから倒れないよう気をつけて身を起こす。ベッドヘッドに用意されたクッションへ寄りかかり、大きく深呼吸した。少し血が下がるような感じがするけど、吐いたり倒れる程じゃない。
音もなく開いた扉に目を見開いた。侍女かしら? 私が眠っているか確認しに……そう思った私と同じ緑の瞳が瞬く。
「起きていたのか」
「シルお兄様?」
「具合が悪そうだったから、見にきたんだ。顔色も良くなったな」
ベッド脇に置かれた椅子を引き寄せて座る兄が、冷えた私の指先を両手で包む。温かいわ。ベッドの中より、人の手ってこんなに熱を伝えてくるのね。
「聞きたいことがあるの。私の冤罪はいつ……」
誰が晴らしてくれたのか。そう尋ねる掠れた声に、お兄様が口角を上げた。それは皮肉な状況を嘲笑うかのようで、告げられた内容と共に私の胸を突き刺す。
「王太子……いや、アンドリューの女が自白した」
「え?」
「父上の話にあった、ドロテという女の処刑は……石打ち刑だ。民に石を投げさせ、気を逸らそうと考えたのか。何にしろ愚かなことだ。わずか数個の石が当たっただけで、女は勝手に罪を口にした。その程度の覚悟しかないなら、愚かな野望を抱かなければ良いものを」
舌打ちした兄の忌々しいと言わんばかりの言葉に、私は同意も出来ずに固まった。首を斬られる私を前に笑った女は、覚悟も誇りもない。王妃になって贅沢をしたい。我が侭を振りかざしたいだけだった。
「私は悪くない、全部王太子の企てで、騙されただけ――そう叫んで許しを乞うた。もちろん民は憤慨し、石の数が増える結果となった」
石打ち刑は終わりが見えない刑罰で、民は拾った石を罪人に打ち付ける。憎まれていればいるほど、石は小さくなるのが常だった。死ぬまで解放されることはないため、軽傷で長く苦しませるために小さな石を用いるのだ。彼女への石が増えたのはそのためだろう。
曖昧にぼかされた部分は、何となく察しが付いた。贅沢をした王家のツケを払わされてきた民は、王太子の醜聞に怒りを募らせた。女の処刑は、王家への怒りの捌け口に利用されたのだ。
フォンテーヌ公爵家の領地は海に面し、肥沃な土地が広がる。それはお爺様やお父様が代々成してきた公共事業の賜物だった。王家に頼まれて貸し付けた金額や備蓄は、驚くほどの額に膨れ上がっていた。それでも足りずに王都の税を上げたことで、民は王家に不信感を抱く。公爵領は豊かなのに、どうして王都は貧しいのか。
執政者が無能なのではないか。その疑問に確証を与えたのだ。すでに噂になりつつあった、公爵令嬢の断首事件が油を注いだ。燃え上がった民の怒りと不信は、王家へ向けられる。
「日々の生活に困窮する者に理由を与えれば、勝手に動き出すものだよ」
お兄様の声に潜むのは、王都の民を焚き付けて利用した謀略の匂いだった。宰相アルベール侯爵が必死に火消しをしても、飛んだ火の粉は別の場所で再燃する。
謀略を巡らせたのは、お父様ですか。それともお兄様? 首を傾げた私に、兄はしーっと人差し指を唇に当てて戯けてみせる。そうですか、お兄様だったのですね。
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