7.疑惑は国を飲み込んでいく

 翌日、王家に追従する神殿は、公爵令嬢コンスタンティナの葬儀を拒んだ。罪人として首を落とされた彼女の安息を祈ることは出来ない。そう告げた神官の首を落としたのは、同行したオードラン辺境伯だった。


 彼は夜会に出席した後から、学友であったクロードと行動を共にしている。害獣や他国との戦いを押し付けながら、支援を渋る王家との間に確執があったのだ。辺境伯が味方についたことで、英雄バシュレ子爵が中立の立場を捨てた。国民に人気が高い彼の参入で、人々の同情がフォンテーヌ公爵家に集まり始める。夜会での騒動は、すでに噂になっていた。いくら口止めしようと人の口は塞げない。それが悲惨な話であるほど、広がりは早かった。


 バシュレ子爵の娘は、オードラン辺境伯の嫡男に嫁いでいる。縁戚関係を優先した形に見えるが、内情はまったく違った。国を守った英雄であるにも関わらず、褒賞はほぼなく肩書きだけを与えられた子爵。日々の食料にも事欠くバシュレ家の窮状を救ったのは、共に戦場を駆けたオードラン辺境伯だった。その交流で愛を育んだ娘が、辺境伯家に嫁いだ経緯がある。貴族には珍しい恋愛結婚として、当時は話題になった。


 人が動くのは、肩書きや金ではない。与えられた恩や情に流されるのは、貴族であっても当然であろう。金に困る王家が渋った結果、貴族の離反を招いた。力を失った王家から甘い汁を吸い尽くそうとする古参貴族、まだ王家を守り国を存続させようと足掻く宰相アルベール侯爵派、腐った果実を地に叩きつけると誓ったフォンテーヌ公爵家の間に生まれた溝は、日々成長し続けた。


 神官を斬ったことで、辺境伯を咎めた侯爵家がひとつ潰された。それが発端となり、各貴族家が総力を挙げて互いを食らい合う地獄が始まる。そんな中、王太子アンドリューの愛人であるドロテの妊娠が発覚した。当然、王太子の子であると考えられ、彼女は王家の厳しい監視下に置かれる。


 ドロテが産む子は、王家の血を引く黒髪の筈だった。なぜなら子は必ず父親の髪色を引き継ぐ。女神の采配と呼ばれる奇跡のひとつとされ、過去に例外は一度もない。予定より大きく膨らんだ腹から早産で産まれた子は、見事な赤毛――王太子の子ではなかった。


 怒り狂った王太子アンドリューは、側近の騎士を刺し殺す。赤子にそっくりな赤毛の騎士は、王太子の愛人を寝取った罪で命を落とした。王家の混乱はそれに留まらず、あちこちから証言が上がり始めたのだ。王太子の愛人ドロテに婚約者を寝取られた令嬢や、言い寄られた子息からの告発だった。


 王太子アンドリューの懇願を振り切り、国王ウジェーヌはドロテの処刑を決断する。王太子と関係を持ちながら、他の男と通じて子を成した姦通罪を適用した。それが貴族の間にあらぬ疑惑を植え付ける。国王ウジェーヌは、コンスタンティナの処刑に関わっていたのではないか? というものだ。


 愛人ドロテの存在と妊娠を事前に知っており、公爵令嬢が邪魔になった。だが政略結婚の性質上、一方的に切り捨てれば王家が不利になる。そこで彼女に冤罪をかけて殺し、公爵を丸め込む気だったのだ、と。


 クロードとコンスタンティナの親子仲が睦まじくないと考える国王は、公爵令嬢を殺しても問題ないと判断した。だが実際は、クロードに絶縁を宣言され混乱する。さらに生まれた子が王家の血を引かぬと知って慌てた。口封じに王太子の愛人を殺したのだろう。断罪が行われると知っていたから、会議でわざと公爵を遠ざけた。宰相も協力者に違いない。


 夜会に遅れてきたのは、間に合わなかったという演出のため。自分達の思惑と違った対応に困惑し、あの時クロードに謝ったのだ。これだけの騒動を起こした王太子が、未だに罪に問われないのも国王が裏で糸を引いていたから。そう邪推する者が、声高に触れ回った。真実かどうかではなく、そうに違いないという思い込みが噂となって人々を惑わす。


 なんとか誤解を収めようと、王家は事件の再調査を命じた。だが人々の噂は早い。再調査と銘打って、実際には証拠や証人を消し去るつもりだと思い込んだ。協力する民はなく、国王は最後の決断をする。王太子の廃嫡――最後の切り札は遅すぎ、貴族や国民の疑惑を払拭することは叶わなかった。

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