6.謝罪は受け取らぬ
父クロードは怒りに震える拳を握り、重い口を開いた。
コンスタンティナ・ラ・フォンテーヌ――王太子と愛人の女に冤罪を被せられ、処刑された悲劇の公爵令嬢の首が落ちた時、夜会の騒ぎに気付いた国王陛下と王妃殿下がようやく現れた。しかし時すでに遅し、奪われた命は戻らない。血を見た王妃殿下は卒倒した。実の娘のように可愛がる令嬢の首が落ちる瞬間を見れば、当然の結果だろう。
フォンテーヌ公爵クロードは、宰相であるアルベール侯爵や重鎮と話し合いのために席を外していた。騒ぎを報告に上がった侍従長に眉を顰めて、騒動を収めるために話し合いを中断する。慌てて駆け付けた先で見たのは、国を護る騎士が振り下ろした剣が愛娘の首を斬り落としたシーンだった。
足元に散らばった金髪は無残に踏みにじられ、着飾ったドレスは泥だらけ。短くなった金髪を纏った首がころりと……無造作に噴水前の石畳に転がる。何が起きたのか、理解できずに咆哮を上げた。獣が唸るような声だったと後で伝え聞くが、その時は覚えていない。ただティナの名を呼んで駆け寄った。
豪華な絹の衣装が血を吸っても、噴水で湿った石畳の泥に塗れても構わない。首を斬り落とした騎士は、王太子の側近だった。抵抗しない若い娘の首を刎ね、その行為に疑問すら持たない。それどころか、王太子の愛人を虐めたのだと言い放った。
たとえ虐めが事実だったとして、それが首を刎ねる理由になると思うのか。王太子の婚約者を辞すれば済む話だろう。その後、嫁ぎ先がなくなったとしても構わん。わしの手元で、息子シルの庇護下で穏やかに暮らせばいい。それを人前で辱め、命を奪った。狂ったように叫んだフォンテーヌ公爵の様子に、集まった貴族の同情が傾く。
「……クロード、何と言えばよいか……すまぬ」
苦しそうに絞り出した声に振り向いたクロードの目に映ったのは、人前で謝罪する国王ウジェーヌの姿だった。側近になるべくして出会い、学友から親友となった男だ。この国の頂点に立つ権力者で、今後もフォンテーヌ公爵家の力を貸して欲しいと頭を下げて、ティナと王太子の婚約は結ばれた。
王家からの申し入れによる政略結婚は、フォンテーヌ公爵家にとって利は少ない。すでに他国の王族とも血縁関係にあるクロードの権力は王を凌ぎ、だからこそ国王はフォンテーヌの娘を王太子の妻に望むしかなかった。国を二つに割る勢力を放置して譲位は出来ない。武力を誇るオードラン辺境伯や英雄バシュレ子爵と手を組まれたら、王家は転覆するだろう。
我が子を愛し、王家の存続を望み、国を憂いた国王ウジェーヌの誠意は踏みにじられた。ほかならぬ我が子によって……大切に抱き締めた娘の頬についた泥を、服の袖で拭う。金具を無視して背のマントを引き千切り、抱いたまま包んだ。
「謝罪は受け取らぬ。王家の方々には、その血をもって贖っていただく! 本日より我がフォンテーヌ公爵家は、ジュベール家との繋がりを絶つ」
堂々と立ち上がったクロードに駆け寄った息子シルヴェストルも、父に倣って背に翻るマントを外して妹の体を包んだ。横抱きにした体は軽く、魂が抜けた分だけ冷たかった。右腕が不自然に揺れ、シルヴェストルは唇を噛む。
凍り付いた人々の上にぽつりと降った雫、まるでコンスタンティナの死を嘆くように10日間も降り続けることとなった。
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