5.信じきれない私の弱さ

 お父様とお兄様はひそひそと話した後、振り向きました。


「ティナ、を覚えているのか?」


「前回……ですか」


 問われた意味は理解できた。私が前回首を落とされた記憶があるか、確かめたいのでしょう。迷いながら頷きました。嘘をつく必要はなく、先程の言動から二人は敵ではないと思うので。それに否定したら、私一人で戦うことになります。王族相手に、それは不利でしょう。


「その……どこ、まで?」


 ハキハキとしたお兄様らしくない、迷いが滲んだ声。私を気遣って? まさか、そんなこと……あるのでしょうか。


「首が落ちたところまでですわ」


 強張った表情は仮面のように揺るぎません。同じ色彩を持ち、氷のように冷たいと言われる兄の顔が痛みを堪えるように歪みました。人目も憚らず泣く父の姿に、私は内心で驚いています。私に興味などないのだと思っていました。


 王家との政略結婚を台無しにした無能な娘として、罵られる覚悟もあります。家のために生きましたが、家のために死ねませんでしたから。フォンテーヌ公爵令嬢としての矜持を持てと、叱らないのですか。


 あの場で、泣き叫んで命乞いをする無様は避けられました。この時ばかりは、人形姫であることに感謝した程です。あの場で取り乱していたら、きっと一族の恥となったでしょう。


「すまなかった。妻が死んでからお前と距離を置いてしまったこと、あんな王太子と縁組したことも。どれだけ詫びても足りない」


 王家の後継者に対し、あんな、と表現するのは問題がないのかしら。でもお父様が悔やんでいる気持ちは伝わります。お父様が頭を下げる状況に、私は表情を動かして目を瞠り、その僅かな変化にお兄様は泣きそうな顔で微笑みました。


「俺も詫びよう。悪かった、ティナはしっかりしているから大丈夫だと、そう勘違いしていた。唯一の妹を守るのは俺の役目だ。これからは頼ってくれ、二度とあんな目に遭わせない」


 頼もしい言葉なのに、嬉しいと思うのに、それでも信じきれないのは私の弱さなのでしょう。頷くことが出来ない私を、お兄様は叱らない。


「ティナが殺された後、お前の冤罪は晴らされた。騒動を起こした王太子は廃嫡となり、あの女は始末された。それでも王族への不満や王太子の振る舞いへの批判が殺到し、国は一度滅びかけた。俺が知っているのはそこまでだが、話を聞いてくれるか。ティナが幸せになるために必要な情報だ」


「……そう、だな。わしも知る限りを話しておこう」


 先程お兄様が仰った「話がある」はこのお話だったのですね。私が殺された後、国が滅びかけるまでの一部始終を聞くことは、不思議な感じですが……必要なことなのでしょう。


 頷いた私はソファに座り、お父様は姿勢を正した。お兄様はわざわざ回り込んで、私の隣に腰掛けて手を握る。お茶が用意され、侍女達が部屋を出るのを待って話が始まる。私の知らなかった状況が詳らかになった。

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