4.こんなの、前回はなかったのに
着替えが終わっても締め付けられた腰や胸が苦しくて、溜め息すら出ない。この窮屈な服を脱いで、重いだけのお飾りも捨てて、逃げ出せたらどれだけ楽しいかしら。窓の外は良い天気だが、この後の決まりきった未来を思い浮かべると気が滅入った。
まずお父様やお兄様にお披露目して、この年齢まで無事育てていただいたお礼を口にする。形ばかりのお褒めとお祝いの言葉を頂いたら、今度は王太子殿下にドレスのお礼だったわ。王宮へ向かって、ドレスを纏った姿をお見せする。帰り道で馬車の車輪が壊れ、通りがかった隣国の皇太子殿下に送ってもらった。
圧倒的な戦力と財力を誇る隣国の皇太子殿下は留学中で、あの日の夜会も参加されたのかしら。考えが逸れたのは、この後の予定が憂鬱だからだった。出来たら誕生日くらい、放っておいて欲しい。それが一番のプレゼントになるのよ。何もしなくていい休日が欲しいわ。
「お嬢様、ご主人様がお待ちです」
あの日と同じね。夢ではなく過去へ戻れたのだとしたら、どこで離反すればいいかしら。分岐点が分からない。この時点で我が侭を言ってもいいの? それとも冤罪を掛けられた夜会に参加しなければ安全?
考えながら部屋を出た私は、そこで予想外の人物と鉢合わせした。お兄様だ。私と同じ金髪に緑の瞳、鍛え上げた肉体と優秀な頭脳の持ち主で、少し目つきが悪く威圧的だった。その冷たさがいい、と御令嬢方に人気と聞く。
「ティナ、誕生日おめでとう」
「ありがとうございます、シルお兄様」
カーテシーで応える。シルヴェストル・ラ・フォンテーヌ――お父様の跡を継いで、フォンテーヌ公爵家の主となる人だ。私より色濃い肌は剣術の訓練で日に焼けたのだろう。自信に満ちて堂々とした方なのに、今は少し顔色が悪い。
「お前生きて……いや、あの。話があるんだが、時間をくれないか」
「王太子殿下への御礼の後でもよろしいのでしたら」
前回はこんなことなかった。お兄様が私との会話を? 切り出されそうな話題が思い浮かばず、私は怪訝そうな声だったと思う。
「ならば送迎は俺が行う」
きょとんとしてしまい、返事も出来ないうちに兄が私の手を取る。エスコートされるまま、居間に向かう私の頭の中は混乱していた。忙しいお兄様が時間を作って同行する? 今まで、そんなこと一度もなかったわ。
ノックして入室した居間で、お父様は私を見るなり目を潤ませた。何が、起きているの? 将軍閣下と対等に剣を交えるお父様が、涙を浮かべるなんて。お母様のお葬式以来だわ。驚いたものの、私の強ばった仮面は剥がれない。動かない顔は内心の動揺を隠していた。
王妃教育もあるけれど、過去に言われた言葉が原因だ。私は笑ってはいけない、泣いてもいけない。感情を露わにして怒鳴ったり癇癪を起こすなんて以ての外なのだから。立ちすくんだのはお兄様も同じで、促されてソファに腰掛けた。
「まずは13歳の誕生日、おめでとう……そして、生きていてくれてありがとう」
両手を握るお父様の熱い言葉に、鼻の奥がつんとした。こんな言葉、初めて聞いたわ。どうしたらいいの、返事は何と言ったら。
「安心しろ、お前は絶対にわしが守る」
「まさか! 父上もですか!?」
「なに? お前もか」
通じ合った父と兄の様子に、私は内心で首を傾げる。こんなの、前回は絶対にありませんでした。何かおかしいですね。
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