3.足掻いてみようかしら

 コルセットで腰を絞り、ドレスを被る。着るなんて表現は似合わない。トルソーに掛けられた形のまま三角のスカートを履いて、二部式のドレスのビスチェ部分は巻き付けた。最後に肩にかかる部分を被る。侍女が3人掛りで着せる服なんて、私は望んでいないのに。


 こうして多くの侍女が必要な服を纏うことは、高位貴族令嬢の誇りらしい。ボタン類はすべて背中に配置されていた。自分で着れない服を纏うことが、貴族令嬢の証なのだそう。汚れてもいい綿のワンピースで、思う存分芝生の上を転がってみたいけれど……公爵令嬢の私には、夢のまた夢だった。


 後ろで最後のボタンを止めようとした侍女の姿に、ふと気づく。この最後のボタンがうまく入らなくて、彼女は叱責されたわ。その後焦ってしまって、ボタンを落としたの。糸が甘かったのか、ちぎれたボタンが転がって行方不明になり、責任を取ってクビにされたわ。紹介状も出さなかったと聞いたけれど。


「あの……最後のボタンは気をつけて」


 この子は少し運が悪くて、不器用だっただけ。紹介状がなければ次の貴族家に就職できないから、一生を棒に振ってしまうわ。王太子殿下から頂いたドレスだけれど、たかが服にそれほどの価値があるのかしら。


 注意を口にしたため、アリスが代わりにボタンを留めた。その際に糸が緩んでいることに気づき、手早く修復される。ほっとした反面、確信した。私は未来の夢を見たのではなく、過去へ戻ったのね。理由はわからないけれど、今のように少しずつ未来を変えれば、殺されずに済むかも知れない。


 私があの女性を虐げたことなどなく、すべて冤罪だったと申し上げても……今は無駄。誰も未来を知らないから。小さな不幸を消しながら、あの意味がわからない断罪を回避しなくては。


 王太子殿下が騙されていたのだとしても、私はあの方を愛していない。もし未来のあの日、腕を絡めていた女性が彼を愛しているなら、私は身を引こう。そのために誰か味方が欲しかった。


 あの断罪の場で私の味方をしようと声をあげたのは、お兄様だけ。でもお兄様はきっと家の存続が心配だった。だから巻き込めない。家を守ることがお兄様のお役目だもの。私を守ることじゃない。


 悲しいと思うのに、表情は動かない。2年前に母が死んでから、ずっと。泣くことも笑うことも出来なくなった。最初は同情してくれた周囲も、今では人形姫と影口を叩く。


 綺麗なだけで感情も愛情もない冷たいお人形――仕方ないわ。実際、そうだもの。でももう一度死ぬのは嫌よ。もっと生きていたいし、自由になりたい。王太子妃になんてなりたくなかった。


「足掻いて、みようかしら」


「何か仰いましたか? お嬢様」


「いいえ」


 首を横に振った私は、アリスを振り返る。私が死ねば、彼女はお役御免でクビになったかも。それも回避したいわ。こんな私に優しくしてくれる侍女なんて、他にいないから。


 誰か、助けて。私をこの窮屈な檻から解き放ってくれたらいいのに。

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