2.遡ったの? 未来を夢に見たの?

 びくりと揺れる。まるで眠っていたベッドから落ちたみたいに、心臓が激しく音を立てた。ゆっくり目を開けたら見慣れたベッドの天蓋と、まだ薄暗い部屋。おかしいわ、私は首を刎ねられたのに。


 ぎこちなく手足を動かして起き上がり、気持ち悪さにまた倒れ込んだ。貧血なの? これはもう治療したはず。手足の先から崩れていくような気持ち悪さは、心当たりがあった。3年前まで、貧血でよく倒れたのよね。


 専属メイドのアリスが入室し、カーテンを開ける。それから私を振り返って、驚いた顔をした。まだ若い、専属になってすぐの頃だとしたら、私は時間を遡ったの? それとも処刑される未来が夢だったのかしら。


「起きていらしたのですね? おはようございます、お嬢様」


「おはよう……起こしてくれるかしら」


「また気分がお悪いのですか? お医者様からお預かりした粉薬をご用意いたしますね」


「ええ」


 できるだけ話す言葉を短くしながら、アリスの様子を探る。彼女は私の専属で、上級使用人だった。私が王宮に嫁いだ後もついてくる予定で……でも何もなかったように振る舞っている。やっぱり私は夢を見ただけ? でも首に触れた冷たい刃の感触を覚えているわ。


 手で触れて、首がついていることを確認する。撫でた皮膚に傷はなかった。右肩をそっと動かしてみるけれど、痛みはない。あの時乱暴に扱われて、右肩が抜けた激痛に見舞われたのが嘘みたいで、信じられない。


 薬と水の準備をしたアリスの手を借りて、ベッドヘッドに寄りかかった。大量のクッションを並べたのもこの為で、寄りかかって一息つく。手渡された粉薬を見つめて、口の中に入れた。水で流して飲み込みながら、苦い味に顔を顰める。


 これ、結構昔の薬ね。最後の頃は甘く味付けされていたから。


 アリスはカーテンを手早く纏めながら、振り返った。柔らかな微笑みを浮かべ、一礼する。


「お誕生日、おめでとうございます。お嬢様も13歳ですね」


 聞き覚えのあるセリフに、具体的な数字。私は驚きすぎて声も出なかった。ただ、曖昧に頷く。私が表情を変えないのはいつものこと。アリスは特に不審に感じていないみたい。ほっとした。私が未来の夢を見たなんて口にしたら、気が触れたと思われそう。


「お支度をいたしますので、落ち着いたらお声がけください」


 慣れた様子で櫛や化粧品を並べ、顔を拭くタオルも用意される。その後、事前に用意されたドレスを部屋へ運んだ。トルソーにかかったドレスはまだ布がかかっている。誕生日まで私に見せないサプライズだった。


 でも知ってるわ。赤いドレスなの。美しいドレープがかかった上質の絹が重ねられたドレス。王太子殿下が選んだ色、だけど貧血で顔色の悪い私には似合わなかった。豪華な金髪で緑の瞳なら、本当は似合う色なのよね。それだけ、あの人は私のことなど見ていなかったし、知らなかった。


「お嬢様、王太子殿下より賜ったドレスですわ」


 布を引いて現れたのは、見覚えのある赤。やっぱり、私の記憶の通りに繰り返してる。それからアリスが宝石箱を運んできた。


 これも夢で見て知っているわ。黄金細工に真珠をいくつも使った豪華な首飾り。淡いピンクの真珠は珍しくて高価だから、とお父様が購入なさったの。それと合わせた耳飾りをお兄様が発注したのよね。


 お母様は2年前に亡くなられて、私はずっと人形姫のまま。お母様のように笑顔が素敵な女性なら、愛されたのでしょうか。


「ご覧ください。素晴らしいお飾りですわ」


「……本当ね」


 豪華なだけで心が篭っていない贈り物を、指先でさらりと撫でた。

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