After


香織かおりさん。今って何月の何日でしたっけ」


「んーっと、一月一七日だね」


「ですよね。一月一七日ですよね」


「それがどうかしたの?」


「‥‥‥」


「え、なんでそんな冷たい目をしてるの?」


「はぁ。一体いつまでウチにいるんですか‥‥‥。十二月には出てくって約束しましたよね?」


 花宮先生がウチに泊まるようになってから、時は流れ現在一月の中旬。花宮先生がウチに来たのは十月の中旬のことだ。


 つまり、もう三ヶ月以上経過している。


 にも関わらず、我が家には花宮先生が住み着いたままだった。


「‥‥‥えっと‥‥‥お金が貯まらなくてさ」


「もう三ヶ月です。そんな言い訳が通じると思いますか」


「そ、そのはずだったんだけど。ともくんが趣味の一つにソシャゲをお勧めしてくれたでしょ?」


「しましたけど‥‥‥え、まさか」


「‥‥‥限定って言葉に弱いんだ私」


「おい」


 俺は額に手を置き、深々と頭を抱える。


 当初は花宮先生をギャンブル依存症から脱却させるために、彼氏を作ることを勧めたが。

 それが一向に上手くいかないので、スマホで出来るソシャゲをこの前勧めたのだ。


 花宮先生はハマりやすい体質なのか、それ以降暇な時はソシャゲに興じるようになったのだが。


 その結果、課金に手を出してしまったらしい。


 それだけはするなと、口を酸っぱくしてたんだけどな。俺の監督不行き届きだ。


「だ、だってお正月限定なんだよ⁉︎ この機会逃したら二度と手に入らないんだよ⁉︎」


「はぁ‥‥‥。香織さんはもっと金の使い道を考えてください。貯蓄しないとダメじゃないですか」


「うっ‥‥‥わかってはいるんだけどね」


「仕方ありません。こうなりゃ最終手段です」


 俺は腰を上げると、貴重品が入っている収納に足を運ぶ。


 花宮先生は、不思議そうに俺を捉えながら。


「最終手段?」


「はい。プライバシーに関わることなのでしたくなかったのですが、これから香織さんの通帳は俺が管理します。あとキャッシュカードとクレジットカードも没収です」


 俺は花宮先生の通帳もといカードを手に取る。これまではプライバシーに関わる問題だから触れないできたが、これ以上はもう見過ごせない。


 三ヶ月だ。一ヶ月そこらで終わると思った同棲生活が、気がつけば年を越している。


 家の中でも先生扱いは嫌だからって、名前で呼ぶようになったし。花宮先生も俺を名前で呼ぶくらいには親密度は上がっている。‥‥‥そろそろ、同棲生活を解消しないと本当に取り返しのつかないことになりかねない。


「え、まま、待って! ダメ! ダメだよ! カードはいいから! 通帳だけは返して!」


 花宮先生は慌ただしく立ち上がると、俺から通帳を取り返そうと躍起になる。


 何をそんなに必死になっているのやら。微々たる額しか入っていない通帳を今更恥ずかしがることないだろう。


「別に入ってる額が少なくても何にも思いませんよ。分かってることですし」


「ち、違うの‥‥‥とにかく返して!」


 珍しく必死な花宮先生を見て、俺は少し怪訝になる。


 つい好奇心がそそられ、俺は通帳の中身に目を通した。


「え?」


「あ、だ、だからダメって言ったのに‥‥‥」


 通帳に記載されてある金額を見て、俺は思わず目を丸くする。


 生活費以外ほとんど貯蓄してある。冬のボーナスって言うのか? それが結構支給されていて、トータルすると百万円近くあった。


 これだけあれば、家を借りるのに不足はない。生活用品を揃えるのも余裕だろう。


「え、えっと‥‥‥これはやっぱりお返しします」


「あ、うん。ありがと」


 俺はしばらく硬直状態に陥った後、通帳とカードを花宮先生に返す。浪費していないのだから、俺が管理するのはお門違いだ。


「‥‥‥」


「‥‥‥聞かないの? なんでお金あるのに家を借りないのかって」


「聞いていいんですか?」


「出来ればまだ聞いてほしくないけど」


「じゃあ聞かせてください」


「聞くんだ⁉︎ そこは聞かないでほしかったんだけど!」


 花宮先生は、視線を右往左往させる。


「聞かせてください」


 俺が真剣に目を見つめると、花宮先生の頬がほんのりと上気する。彼女は、前髪を指でクルクルといじって心を落ち着かせていた。


「‥‥‥私が初めて倫くんの家に泊めてもらえるようにお願いした時、ギャンブルから離れるって条件出されて、そのために彼氏を作るって話になったでしょ?」


 俺が首を縦に振ると、花宮先生はジッと俺を上目遣いで見つめて。


「それを達成するために、倫くんの家に住まわせてもらうのが一番近道なの。‥‥‥だから、それで色々と理由つけてお金がないフリをしてた、という訳です」


 俺の体温が急激に上昇する。身体の隅から隅まで熱を帯びら感覚。


 この人、ホントに聖職者なのかな‥‥‥。


 俺はあさってに視線を逸らすと、ボソリと消え入りそうな声で。


「‥‥‥それ、もうほとんど告白ですからね」


「え、嘘っ。オブラートに包んだつもりだったんだけど‥‥‥あははは」


 花宮先生は沸騰したように顔を赤くする。


 本人は平静を装っているつもりだろうが、タコみたいに真っ赤だ。二人して、なに顔を赤くしてるんだろう。ほんと。


「まぁ、近道ならしょうがないです。貯蓄を隠してたことは許します」


「あ、ありがと」


「でもその代わり、引っ越しますからね。いつまでもこの家で二人暮らしじゃ狭いですし」


「え、それって──」


「嫌ですか?」


「ううん嫌じゃない! 嫌じゃない! じゃ、今日、不動産屋さん行こ」


「はい。‥‥‥あ、でも家賃の半分は出してもらいますからね」


「半分だけでいいの? 全部でもいいよ?」


「先生って、絶対貢ぐタイプですよね」


「え、そうなのかなぁ」


 俺と先生の同棲生活はしばらく続きそうだ。

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家を追い出された担任教師が、俺の家に泊まりに来た件について 〜先生と生徒の同棲生活〜 ヨルノソラ/朝陽千早 @jagyj

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