担任の先生は寝相が悪い

 花宮先生が作ってくれたハンバーグを食べ終えた後、俺はキッチンに立っていた。


 花宮先生用の夜ご飯を作るためだ。元々は俺と花宮先生用で考えていたが、俺はもう胃袋的に十分だしな。オムライスでも作っておくとしよう。


 自炊歴は六年以上あるせいか、随分と小慣れたものだ。俺がオムライスを作り終えると、それから少しして花宮先生が風呂場から出てくる。


 普段はポニーテールにしている髪がしっとりと水気を含んでいて、胸元のあたりまで伸びている。


 温まった身体はほんのりと上気しており、少し……いやかなり艶かしかった。


 今更だが、教師と同棲ってヤバイな。色々と。


「お先にお風呂いただきました。黒木くんも今から入る?」


「え、あぁ、そうですね。お湯冷めちゃうんで」


 いや、いいのか? 


 咄嗟に答えてしまったが、逡巡する俺。


 花宮先生が入った風呂に入るとか、絶対いけない気がする。


 でも、家主は俺だしな。俺が風呂に入れないのはおかしな話だ。

 実家じゃ、妹の入った風呂に入っていたわけだし。それが花宮先生になったくらいどうってことはない。


 バクバクと早鐘を打つ心臓を宥めながら、着替えを手に取るとそそくさと風呂場へと向かう。


「あ、そうだ。レンジの中にオムライス入ってるんで良かったら食べてください」


「え、作ってくれたの? ありがと」


「スプーンはそこにあるので好きなの使ってください」


「うん、わかった!」


 花宮先生は、目をキラキラと子供ように輝かせる。俺はそんな先生を傍目に、風呂場へと向かった。




 ※




 少し悪いことをしている気分だったが、何事もなく風呂を済ませ部屋に戻る。いつもより早めに風呂を上がったのは、変に意識してしまったからだろうか。身体の火照りをいつになく感じる。


 何はともあれ、しばらくはこの状況が続くのだ。早いところ慣れないといけない。


 風呂場を出てキッチンを見ると、そこには花宮先生が立っていた。


「なにしてるんですか?」


「洗い物。……あ、オムライス美味しかったよ。黒木くん料理得意なんだね。ちょっと意外かも」


「まぁ自炊歴はそこそこあるので。代わりますよ洗い物」


「ううんこのくらい私にやらせてよ。料理はてんでダメだけど、洗い物は得意なんだよ?」


 俺が洗い物を代わろうとするが、花宮先生は場所を譲ろうとしない。


 家に泊めてもらう側の立場として、何か仕事をしないと気が済まないのだろう。手際はいいし、ここはお言葉に甘えておくか。


「じゃあ、お願いします」


「うん任せて」


 花宮先生に洗い物を任せ、俺は部屋に戻る。

 普段行う家事が減った分、時間が余ってしまった。


 有難いことだが、いざ時間が余るとやることがない。普段はバイトと家事炊事、宿題で一日が終わるからな。


 そう考えると、俺って結構無趣味な人間なのか? 


 バイトで貯めた金も生活費以外にほとんど使ってないしな。


 今度ゲームでも買おうか。


 ……と、そんなことを考えながら意味もなくスマホをいじっていると、「ふわぁ」とあくびが漏れて出た。


 今日はバイトが長かったし、花宮先生が家に来るしで濃い一日だったからな。


 思った以上に身体が疲れているのだろう。


「もう寝る?」


 俺が目尻の涙を指で抜き取っていると、洗い物を終えた花宮先生が気を利かせてくれる。


 現在時刻は十時を少し超えたところ。寝るにしては早い時間帯だが、今日はもう就寝してもいいかもしれない。


「そうですね。ちょっと早いですけど、もう寝てもいいですか?」


「うん。もちろん」


「じゃあちょっと待っててください。確かここに、来客用の布団一式があったはずなので」


「え、布団あったんだ! 座って寝る覚悟してたのに」


「あれ本気だったんですか……」


 俺は半ば呆れながら口にする。


 来客用もとい、妹が家に来た時用の布団があって良かったな。ほんと。


 俺は布団一式を持ち上げると、可能な限りベッドから離れた位置に敷く。


 これなら、どれだけ寝相が悪くても接触することはないだろう。


「じゃあ、電気消しますね」


「うん、おやすみ黒木くん」


「おやすみなさい」


 電気を消すと、部屋が一気に暗くなる。暗順応が不十分な状態でベッドにつき、俺は瞑目した。


 …………。


 ……いや寝れるわけないだろ。


 睡魔こそ十分にあったが、担任の先生がすぐそこにいる奇天烈な環境で寝れるほど、俺の精神はタフではなかったようだ。


 これ、明日は寝不足確定だな。


 俺はそう思いながら、羊をゆっくりと数え始めた。




 ※




 なんだかんだ羊を数えることに効果はあるのか、五〇〇匹を超えたあたりから記憶がない。


 陽の光をカーテン越しに感じて起床した俺は、ぼんやりとした視界のまま天井を見つめていた。いや、正確には見続けることを強要されていた。


 というのも、身動きが取れないのだ。


 なぜか俺のベッドに花宮先生が潜り込んでいて、べったりと粘土みたいに密着している。


 いい匂いがするし、局所的に未知の柔らかさを感じるしで、思春期男子を殺しに来てると言っていい。


「は、花宮先生……起きてください」


「んっ」


「ここ、俺のベッドです。寝る場所間違えてます」


「…………」


 そして困ったことに、いくら起きるように促しても起きてくれない。


 朝が弱いタイプなのだろう。


 一瞬起きたかと思えばすぐ二度寝してしまう。


 一体、いつ俺のベッドに潜り込んだのやら。多分、トイレか何かで起きて寝ぼけたまま、こっちに来たんだろうけど。


 何はともあれ、前途多難だな。これからこんな生活がしばらく続くのか。


 俺はドッと肩の荷が重くなるのを感じながら、しばらく白い天井を見上げた。人生って何が起こるかわからないな。



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