忘れていたもの

 「まきちゃん、緊張してる?」


 「え…」


 「あれ、まきちゃん大丈夫?」


 「え、うん、さ、さとみん?」


 「えー、さとみん?って、ウケる、次の時間、将来の夢について発表だからって緊張しすぎだよ、そろそろ5時間目はじまるよー」


 (そうかぁ、ここ小学校で私が小学生の時だ、たぶん3、4年生くらいかな、これから夢の発表か、あったなそういうの)


 教室はボヤーッとした映像でほとんどクリアではありません、先生に前に出るよう促され小さな私は黒板の前に立つと、すらすらと夢を語りはじめました。


 「私、貝下 麻希の将来の夢は…」


(あれ、どうしてだろう、なんでココで止まるの?もう少しで夢が分かるはずなのに!)


 パッと景色が変わり、次に飛び込んで来た映像は母親に手を引かれショッピングモールを歩くさらに小さな私でした。


 (うわぁ、懐かしい、よくお母さんに連れて行ってもらってたモールだ。しかしお母さんも若いな。だよね、今の私と同じくらいだもんね)


 「麻希ちゃん、何食べたい?」


 「シュークリーム!」


 「もう、それおやつでしょ、お母さんはレストランのランチ食べたいの」


 「じゃあ、ご飯にシュークリーム乗せて食べる!」


 「はいはい、麻希ちゃんは本当にシュークリーム好きだねー」


 「うん、シュークリーム大好き、だから麻希が大きくなったら…」


 (あーーー!!なんでココで止まるの!絶対最後に将来の夢を言うところだったよね!まぁ、いいか、本当はもう知ってるんだ…私がなりたい本当の自分…)


 バサッ

 ギシッ


 簡易ベッドは大きな私が起き上がると軋んだ音を立てました。


 「おお!これは、おはようございます」


 「おはようございます。お陰さまで良い夢が見れました」


 「そうですか、それは良かった、で、貝下さんの悩みは解決されたましたか?」


 「ええ、もう悩みはありません、だって私にはやりたいことがある!って、それが分かったんです。今は楽しい気持ちでいっぱいです!」

 

 「はは、それはいい、私もこの仕事をしている甲斐があるというものですよ」


グー

キュル


 「あっ」


 私のお腹は空腹だったようです、薬の見せたこの旅で結構なエネルギーを消費していたようです。


 「ははは、ちょうどよかった、すこーし寝起きにはきついかもしれませんが、私の大好きなお店のシュークリームがありましてね、どうですかな?」


 「はい、是非、頂きます」

  

 その翌日、私は会社に辞表を提出すると、その足でルグーリゼへと向かいました。

 ルグーリゼで見習いとして2年間働いた後、凝り性の私は修行のためにフランスへ渡航すると。有名なパティスリーで働きました、そして一軒のお店を任されるまでになったのです。

 そこ迄に4年程かかりました。

 其れでも私は幸せでした、フランスでは運命の人と巡り合い結婚したからです。

 さらに夫となった彼は一人娘である私の境遇を理解し、親の介護で悩む私を支えるため、日本で生活することを心良く快諾してくれたのです、夫のSEという職業柄融通が効いたということもあるのかしれません、そうだとしても夫には本当に感謝しかありません。

 そして、今、私は子供にも恵まれて、実家近くで洋菓子店を開いています。

 

 チャリーン

 ガチャッ

 

 「いらっしゃいませ」


ベルのついたドアをスッと開けて入ってきたのは『重力への反抗』という文字の入ったTシャツを着た大柄な眼鏡の男でした。


 「いやー、これはいい匂いだ、このお店のシュークリームが美味しいと聞いて是非食べたいと思いましてね、シュークリームを二つほど頂けますかな」


 体格に似合わず、甲高い声の男、シュークリームを紙袋に詰めて手渡すと、去り際に一言、


 「やはり、夢はいいものでしょう」


 バタンッとしまったドアを私はすぐさま開けて辺りを見渡しました、ですが、男の姿はありませんでした。

  

 空を見上げると、良く晴れた大きな青空の中に人魚の形をした雲がいくつか見えるのです。


 「ありがとうございました」


 私は帽子を脱ぎ、制服を正すと、太陽に向かって、さっと会釈をしたのでした。






————————————————————

〈あとがき〉

 

 読んでいただき、ありがとうございます。

 

 宜しければ、

 ♡で応援。

 ★★★で応援して頂けたら幸いです。

 

 応援までしてくれた方、さらに重ねて、ありがとうございます。

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医学博士 宮野 満梛 平太老 @churyuho

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