#16:無→慈悲×アラムピカァタ×解錠
逡巡ともかく。
自分でも危ぶむほどに指先が震えてしまっていたが、「前後」面は問題なく「設置」することが出来た。「前」は鳩尾よりは少し上、胸骨の中ほどくらい、だろうか。背中に回した「面」としっかり「共鳴」し、「固定」することが出来た。ふるふると振動を続けていた胸部と背部の「二面」が、ある一点で強固に動かなくなったことを確認する。
「大丈夫……? 姫宮さん……」
「うん……私はだいじょぶだから……続けて?」
「このくだり要らないよね?」
続いて「左右」へと移行する。まだ二分も経っていないはずだ。余裕でこなせる、そう考えろ。あくまで油断はせず、それでも確固たる自信を持って。厳然と、粛々と。
「……」
「両脇」は昨日経験済みだ。さらには「指標」……「前後」の固定位置の情報が今の僕にはある。つまりそれと同じ高さ……そこに「共鳴点」があると見た。
「……ッ!!」
姫宮さんの身体が震えたのは一瞬だった。次の瞬間には、「左右」の「二面」も互いに引き合って固定されている状態へと、持っていくことが出来ていた。よし。
が、
「……」
なんだろう。何らかの違和感、を感じている。うまく行き過ぎているからか? だからそういうネガティブな考えはやめろ。無理やり振り払う悪寒未満の何か。気のせい……とかそこまで楽観的にはなれないが、今はそこに引っ張られている場合じゃあない。集中だ。ここからが真の正念場、だから。と、
「ほ、ほんとうにこの恰好じゃないといけないんですかぁ……?」
恥じらいを過分に含んだ甘い声が僕の耳小骨を貫通して頭蓋まで割ろうとしてくる。この難関は予測できていたはずだ。気を静めろ。しかし心なしか、姫宮さんから香る「森」のフレグランスが強まってきたようにも感じられて。落ち着け。口で呼吸だ。
「んー、下手に内股閉じちゃうとさ、少年が触れちゃう率が高まるじゃない? それでもって起こる思わぬタッチングにて不随意な動きしちゃうとワンチャンつるっといっちゃう危険性が否めないわけよ」
三ツ輪さんの言葉には耳を貸すな。何がワンチャンだ。
「だからこう……ぱっく、とね。もういらっしゃーいな
ええーッ? ほ、ほんとに見えてないですよね? との切実な言葉に、このヒトは呼吸をするように嘘をつくから気にしないで、とひとまず宥めておく。いちばん宥めなくてはいけないのは自分であるのに。
それにしても。
緑の
これ傍から見たら全員が全員ヤバいよね……みたいなまた不要な言葉が流れ込んでくるが。この役目は三ツ輪さんしか出来ないとは言え、彼女自身は、姫宮さんの頭方向にいるわけだけど、見下ろすように直で見ているわけであって。何かその声が湿り気を帯びてきているような気もするが。いや、余計なことは考えるな。頭頂部の方は余裕でオーケー、このまま私が保持しててあげるからねー、との三ツ輪さんのブレない感じには助けられている気がする。残るはあと「一面」。
「……」
狙うは一点、「胴体の底面」、鼠径部と鼠径部の間の……その辺りだ。
「大丈夫、少年? いまいち掴めてなさそうな顔してるけど。ええとね、端的に教えてあげると、穴と穴の間」
ブレないことも善し悪しだな……僕だってそのくらい知ってる。ピンポイントでそこに着弾させ、瞬時に終わらせる。ただ……それだけだっ。
意を決し、いちばん安定する親指と中指の間に「面」を挟み、掌を上に向け、そろそろと距離を詰めていく。その手つきからしてヤバいよ大丈夫? との声の中、僕はもう揺らされることなく、最短距離でその場所へと。「面」が微振動を始める。共鳴。確かにしている。頭のてっぺんからここまでは今までの「前後」「左右」よりも何倍も距離があるから大丈夫か、とか思っていたけど、その問題は無さそうだ。間に「感情」が挟まれば、どこまでも引き合う。それは今回学び取れたこと、収穫と思おう。
目標までおおよそ三センチメートル。いける、と思った。その、
刹那、だった……
「や、やっぱりだめぇ……恥ずかしいよぅ……っ!!」
姫宮さんの堪え切れずに吐き出された「青色」の声と共に、
「……ッ!!」
僕の伸ばした右手がとても柔らかく熱さを持ったものにしっかりと挟み込まれた。結構な力。正座して前かがみで右腕を差し出しているという間抜けな姿勢の僕が、思わず前のめりにバランスを崩すほどに。
「三ツ輪さんッ」
「ほらダメだって!! 途中で喰わえこんじゃあ……あれ、ダメだ、開かない」
<藤野クン気を付けろ、まだ五分も過ぎていないのに、『感情移行』が始まっている。いや始まっているというか……様々な『感情』が彼女の内部で揺れ蠢いているような状態だ。『五面』のままじゃ安定しないからか? とにかく危険な感じがする。早く最後の一面をっ>
村居さんの音声は左耳に入ってきているものの、僕の右手は凄まじい圧で包み込まれていて前後左右どこにも動きそうにない。
「!!」
そして姫宮さんの様子を「視て」、戦慄する。赤青緑黄桃橙。六つの色の「感情」がその身体を内部から突き破らんばかりに暴れ狂うサマが、そこにはあって。
「ぐ……ッ、くううううぅぅぅぅ……」
まずい。苦し気な呻き声が。中途半端に抑え込んだ「感情」たちが、反発して逃げ場を求めている? くそ、姫宮さんを救うとか、そんなこと言ってたのは誰だよ、このままじゃ彼女の精神に、身体に、何らかの損傷が起こってしまう可能性だって……ッ!!
もうこうなったら、力技で押し切るしかない。僕は肚を決め、沈み込むように柔らかな両太腿に挟まれている右手に渾身の力を込め、押し、捩じり、振動を与えつつ、強引に割り入らせていく。びく、と動く、その奥へと……ッ!!
「だ、だめぇぇ、入ってきちゃだめぇッ……!!」
「いくよっ、姫宮さん、ほんの少し、我慢してくれ……ッ!! もう少しで、もう少しだから……ッ!!」
ええェ……という三ツ輪さんの魂の抜けたような声を間近に聞きながらも、ミリ単位ながらも徐々に「面」は最奥目指し沈み込んでいき、そして。
「……ッ!!」
声にならない声を上げつつ、姫宮さんの身体が弓なりに反り返る。達した……ッ!! しかし、振動が、収まらない。何……でだッ。
「少年っ、思てるよりだいぶ下だから!! そのままスライドして!! でもそのままいざなわれるようにつるっと行ってしまう方へはダメだかんね!! あくまで『下』を目指す!!」
声を噛み殺しながらびくびく身体を震わせる姫宮さんをしっかり固定してくれているのか? 放たれた三ツ輪さんのアドバイス通り、僕は指先に保持したままの「面」を、その激しくなってきた振動で取り落とさないように、しっかりと姫宮さん側に押し付けつつ、「下」を目指してじりじりと、少しづつ、だが確実に滑らせていく。
「え、ええッ!? ん、だ、だめぇ、んんんんんーっ!!」
姫宮さんの切羽詰まった押し殺す悲鳴が聞こえるが、臆するな。もう少しで、「六面」は成る、はずだから。構わず、下へ、下へ……ッ!!
刹那、
「……!!」
がちり、と何かが噛み合った感覚を右手指で感じた。いけた……のか? 一瞬、電撃を受けたかのように激しく強張らせたその後、くたりと全身から力の抜けた姫宮さんの底部に、しっかりと最後の「面」がくっついていることを確認する。
やった……いつの間にか肩で息をしていた自分に気づき、ゆっくりと身を起こす。
「やったよ……三ツ輪さん。僕にも……やれたんだ……」
う、うぅん……との気の無い返事は何でだろうか、とか思いつつも弛緩してしまっていた。
それがまずかった。
「ガァァアアアアアアッ!!」
唐突、だった。がば、と身を起こした姫宮さんの身体は、ぐちゃぐちゃに混ぜ合わせられたような色の「感情」が奔流のように噴出していて。その色は、「黒」。獣のような咆哮の、そのコンマ数秒後、
「!!」
感じる、左肩の激痛。噛みつかれて……いる? 何で……六面全部設置し終えたはず……ッ。
そのまま食いちぎらんばかりに、歯が突き立ってくる。まずい……姫宮さん……僕は、失敗してしまったのか……? いや、そんな詮無い思い返しをしてる場合じゃない。
考えろ。
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