#14:不→干渉×コンソリダメント×乾坤
「少年とかがさ、あんまり自分のコト語りたがらないコがさ、いきなり『拘束具』とかいうピーキーな性癖暴露してくるのってどきどきする好奇心っていうのが三割くらいあるけど、残り七割は間違いなく薄らキモ悪さで包まれてるよね……」
まあそう突っかけてくるとは思った。からもう流して説明に入ることにする。自分の身体を抱きしめるようにして僕から距離を取ったところの布団の上に横座りした三ツ輪さんのことは放っておく。真顔のままあぐら姿勢でやや左右に揺れている村居さんは、とりあえずは僕の話に耳を傾けてくれそうだ。
「……」
そして当の本人、姫宮さんは……そういえばもう「感情」が移行する時間帯を過ぎているのでは……? ぽつり部屋の角に立ち尽くしたままだけど、僕を避けているというわけではないようだ、多分。薄い水色にピンクの花を散らした柄の浴衣を肩からただ羽織っている姿。その下の黒革の「拘束具」はその華奢な身体の半分ほどを覆っているけど、「レオタード状」と表現したように、首元は鎖骨の下辺りを通る結構開いたラインを描き、両肩から両手首までと胸部腹部腰部は厳重に覆われているものの、そこから両足首に嵌められたリング状のものまではフリー状態なのであり。すなわち両脚部はその付け根あたりからその透き通るような質感のすべらかなカーブを見せつけるようにしてさらに座っている僕の眼前にすらり在るわけで。白みを帯びた肌と肌の間その中央に位置する黒色の
拘束具は着ているものの、先ほどの「赤の怒り」時とは異なり、拘束までは至っていないようだ。有事の際は口元に装着される例の「猿ぐつわ的装置」も、首元にネックレス風にぶらさがっているだけだ。「桃の懇意」の時と同様、自分や周りに危害を及ぼさない状態、ということなんだろう、今は。と、
「【
村居さんの言葉に場の立て直しの機会を与えられた僕は、立ち尽くしたままの姫宮さんに座ったらと手で座卓の隣を示す。無視されるか三ツ輪さんのように距離を取られるかと思ったけど、案外すっと僕の左隣の座椅子に正座でついてくれた。途端に漂ってくる熱と湿気を帯びた空気。温泉行くってさっき言ってたけど……この拘束具、着たままで入ったりしたのだろうか……
「『拘束』が必要なのは全四十二感情の内、せいぜい『四分の一』くらいなんだってさー、だから脱げる時は普通に脱げると。本当にやばい時はその首の奴が強制的に昏睡状態に陥らせてくれるそうだけどそれはやっぱキツいみたいだから自発的にそれを着ていると。だから少年が想像したように、革着たまま温泉に浸かるってよーなマニアックな
にやにやをつやつやの顔に隠そうともしなくなっているが、僕は努めて聞き流す。残念なことは別に何も無いことだし。でも結構出るとこは出るライン描いてたよぉ、という煽りがふんだんにまぶされた言葉も無視し、それに対し、ちょ、ちょっと三ツ輪さんっ、と隣のヒトがもじもじしながら咎めている声に意識の根っこのところあたりを揺らされている場合でも無い。
本題へ。
「『拘束具』っていう表現に引っかかるっていうのなら、そこは訂正する。問題はそこじゃなくて、つまりは姫宮さんの中で時間と共に移行している『単感情』……その流れを、うまいこと留め置くことが出来るんじゃないかって、僕は考えている」
手を伸ばし、座卓の隅に携帯と共に置いていた「
「僕はこの特殊合金で構成された『六面』の『直方体』の密閉内部に、『
直方体を六枚の「平面」に崩した僕は、そのうちのひとつを隣でおどおどとこちらを窺っている姫宮さんにゆっくりと手渡す。司っている「感情」が違うと、こうまで受け取る印象も変わるのか。今は透き通る「青」の
「君の身体の中で目まぐるしく動く『感情』たちも、その『六面』の内部に入れ込むことで、止めること……そこまで行かないとしても、動きを鈍らせること……それが、出来るんじゃないかって、考えているんだ」
思考を脳内でずっと回していた。その上で至った結論。うまくいくかは正直分からないが、やってみる価値は、あるはずだ。と、
「待った少年。おもしろい試みかも知れないけどー、『感情』全部を封じ込めちゃったらヤバいんじゃあないのー? 少年みたいな『似非感情無し』じゃなくて、本当に何て言うの? 廃人みたいになっちゃうんじゃあ……」
三ツ輪さんの割り込んできた言葉は、相変わらず僕への細かなディスりのようなものを含んでいたものの、言っていることは分かる。そこが確証持てなかったことは確かだ。が、
「完全に『六面密封』するんじゃあなくて、あくまで空間は開放する。距離を開けた『六面』の内側の範囲に、四十二の『感情』たちをそれぞれ整列させつつ留め置くっていうか……いや、そんなことが出来るか分からないんだけど」
僕の尻すぼみな言葉に、はァ? との即応の返しが。ただ僕ももう説明する手段を持たない。が、
「……確かにおもしろい試みだね。そして『試み』というなら、実際に試してみるのが早道なんじゃあないかい?」
そこにかかるのは、完全に普段通りに戻った村居さんの声であるわけで。このヒトはいつも僕に「どう動けば」ということをさりげなく示してくれる。その左肩を覆っている「青い六角形」の連なりはやはり気にはなるが、村居さんは村居さんだ。
僕は頷きをひとつ、自分にも確かめるようにしっかりとすると、姫宮さんへ向かって姿勢を正す。
ちょっと試してみたいんだ、いいかい? との僕の問いに、小さくだけど首を縦に振ってくれた。座卓の上のバラされた「面」を両手の指先にそれぞれ摘まむようにして持つ。「距離を開けた」としても、おそらくは「互いに引き寄せ合う」効果はあるはずだ。最適な場所さえ見つければ。そしてその間の空間に「感情」を整然と留め置くことが出来るのならば。
「……」
ゆっくりと、「委縮」している姫宮さんをこれ以上怯えさせないように、殊更にゆっくりと、僕は手指に保持した「面」をその浴衣に包まれた華奢な肩へと近づけていく。探る。共鳴する、場所を。
「……!!」
肩から少しずつ位置を下げていく。指の間で、「面」がわずかに振動し始めるのを感じている。思った通り、密閉させなくてもその場に「固定」することは出来るんじゃあないか?
二の腕、肩と肘のちょうど中間あたりに「面」を接触させてみる。その部分に少しの強張りを見せた姫宮さんだが、僕を上目遣いで見上げたまま、じっとされるがままになってくれている。その絵面に僕が揺らされそうになっているが、そんな場合でもない。少し「場所」がまだ遠いな。腕を上げてもらえる? と思わず掠れてしまった声を掛けてしまうが。背後で、思い切り鼻から息をついた音が聞こえたが。
「……」
ゆっくりと両脇を広げられると、また「森」のような感じの芳香が強さを増すのだが。いやいや、集中。
ちょっと触れてしまうかもだけど、と掠れまくりな自分の声を制御できないまま、えェ……脇フェチぃ? との後ろからの声を甘んじて受けたまま。
「面」を姫宮さんの両脇へ、ゆっくりと当てがっていく。黒革拘束具に包まれた、そこへと。ゆっくりと「面」を触れさせたまま、円を描く動きで探る。最適な場所を。と、
あ……との鼻にかかったような声が姫宮さんから漏れる。と同時に、磁性体が強力に引き合う感覚を僕の手指は受け取っていた。来た。これだ。
ゆっくり、指を離しても、「面」は重力に引かれ落下してはいかない。留まっている、その場に。いける。
感じはどう? と問うと、
「なんか……変な感じ……ですけど、胸の中がざわざわもしてるんですけど、同時に凪いでもいるっていうか……よく分からないですけど」
困惑気味ではあるが、そのような手ごたえはありな反応が返ってきた。よし。
が、そこで一息、気を抜いてしまったのがいけなかったのか、
「……あ、少年、これさぁ、『六面』やるとするとだよ? 『底面』がさ、ちょっと言いにくいヤバいとこに設置されるんじゃ……」
三ツ輪さんの気の抜けたような、しかして要らん的を射抜く言葉に気を取られたのがいけなかったのか、
「オォアッ!? ……ん何やってんだァッ、このやろうッ!!」
オーバーしていたタイムスケジュールに対応できずに、また真っ赤な
「……」
これ以上無いだろう完璧なストレートを鼻に喰らい、僕はあえなく昏
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