#03:未→確認×アラガァツァ×邂逅


「何だ、あまり驚かないんだ」


 体育館裏にいきなり呼び出された、のは意外だったものの、何かあるだろうなってことは視えていたので極めてフラットに相対したら、それが相手には意外に思えたようで。


 光に当たると暗いオリーブ色、という普段は黒髪で通りそうな微妙な髪色はなかなかに珍しい。顎くらいまでの動きのついた柔らかそうな髪を秋風に少し震わせながら、こちらを結構な目力で射貫いてくる瞳。きゅっと鋭角的に尖った顎はしかし、その上の大きめの唇と相まって目線を確実に奪われる。女子と二人きりで、というシチュエーションながら、僕にはあまり高揚感は浮かんではきていない。


 それよりも黄葉一歩前の季節。視界の上方ほとんどを覆うイチョウの樹々は黄緑と黄色の中間を埋めるような淡いグラデーションが非常に眩く、水彩画の世界に迷い込んだ気にさせてくれる。いい季節だ。いや、景色に意識を囚われている場合じゃあないか。


「まあ何となく、この時期の転校生って、とか思っただけで。初めから何か意識されてるな、とも思ったし」


 曖昧に曖昧を重ねたような言葉を発し、まずは相手の出方を見てみる。最近の僕はこういう突発的な事態に遭遇しても、慌てず「様子見」が出来るようになってきている。が、


 へぇ、みたいな、こちらも出方を窺われているのか分からないが、曖昧な空気を多分に含んだ言葉で流された。うん、何だろう。でももうそれが答えになっているような気がした。


――ちょっと家の都合でこんな時期に転校してきちゃいましたぁ。三ツ輪みつわ ミルと言いますっ、これからどうぞよろしくお願いしまーす。


 朝のHRでの明るい声色が頭の中で再生リピートされるが。明らかにそれは「作っている」態度であったことは、その時点で分かっていた。【赤】と【青】と【黄】に【橙】まで。カラフルな「感情」の奔流が、そのまだ着慣れていない制服ブレザーに巻き付くようにして静かに、だが猛々しく渦巻いているのが視えたから。ぱっと見、人目を惹くかわいらしさを外見に纏っているかのように思えるけど、


 僕を呼び出したその「三ツ輪さん」は、曖昧な微笑を顔に貼りつかせたままの僕の奥まで見通すかのように、近くで見ると鳶色がかった大きな瞳を細かく動かしながら観察してきている。たぶん同じ能力を持っているヒトだろう。僕の身体から流れ出している「色」を見極めてこようとしているような、そんな少し焦点ピントのずれた目線だ。が、


「……」


 「それ用」の、対処方法も万全だ。どう考えればどの「色」が出てくるか、僕は自分の能力の全貌を把握する前から、いつもひとりきりでいた子供の頃から試し尽くしているから。


「【柔和】で【親切】……でもそれって『カバー』よねぇぇ……単純単純っ。その隙間から黄色の【緊張】と青い【委縮】が漏れ出てきてるよぉ、藤野くん」


 うん、そのように視えているのなら今日も調子はいい。そして殊更小馬鹿にする口調で言ってきているのも、最後に僕の名前を呼んだことも、僕の事を掴もうと試してきているのだろう。であればこっちも、だ。


「ある程度は操れるから、読もうとしてもあまり意味は無いと思うよ。ほら、【赤】【青】【黄】【緑】【橙】【桃】と。こんな順番に脈絡なく出せるって、ふつう無いだろ?」


 「同業者」なら隠す必要も無い。僕は矢継ぎ早に「色」の異なる「感情」を呈示してみせる。それにこの時期ここへと転校してきたってことは、いよいよ件の「取り憑き案件」に至る何かが迫ってきているということだろう。


「相当者」たちは大体が十代後半であることから、「能力のあるものは一か所にまとめておけ」という上からのお達しのもと、特定の「高校」あるいは「中学」に集められているのが実情だ。その意図はよくは分からないが、相乗効果、あるいは頭数を揃えておいて多種多様な案件に対応できるようにしておくとか、そんな感じらしい。都内には十六か所あるというそのような場所のひとつ、ここ「私立頤ヶ原おとがいがはら高等学校」には現在、この僕しか「相当者」はいない。であればこの三ツ輪さんと共同戦線を張るっている展開、その可能性がいちばん高いのかな。お互いのことは出来る限り知っておくべきだろう。


 と、


「え? なに『みどりだいだいもも』って? 【赤】【青】【黄】にそれ以外のうすぼんやりした『灰色』、それだけじゃないの? えどういうこと?」


 あれ。整っているところに愛らしさも多分に含ませていた小顔がぴしりと音を立てたかのように硬直してる。その華奢な身体全体を包むのは、ああ、これなら村居さんに聞かなくてもぴったり分かる。前に遭遇したことのある奴だから。


 【憤懣ジタリーofシャルトルーズ】、初めて三ツ輪さんがその素の感情を見せてきた。


「ええと、【赤の憤怒アングリィ】【橙の昂奮エキサイティド】【黄の怯懦スケアード】に【青の哀切サッド】【桃の懇篤テンダァ】それと【緑の幸福ハピイ】の六つに大別されるって習ったけど……」


 そこは最初に叩き込まれた。さらにそれぞれ七つずつに小分類される「感情」は基本「四十二種」。それぞれに視える「色」は異なるのだが、まだ僕には区別はつかない。ので村居さんのサポート……呈示してくれる「色見本」との照合、が必要なわけで。


 あれ、そこは基本かなと思ったんだけど、っていうのは勿論嘘で、ヒトによって視え方は十人十色、千差万別であるわけで、これは僕の一発カマしておこうという、面倒くさいけどやっといた方がのちのち円滑に進む可能性の高い「マウント」という奴だ。はたして。


「あ、まあ知ってはいるんだけどね」


 「感情が抜ける」という表現は日本に古来からあるものの、こうまで体現できるヒトを初めて見たよ。三ツ輪さんは表情筋すべての力を失ったかのような真顔で唇も動かさずにそうのたまうのだけれど。


 と、


 あッ、そういうことかッ!! と、突然の大声。と同時に僕の目の前まで迫ってきた小顔が自信と表情を取り戻したかのように歪む。その身体表面を縦横に橙色の奔流が、「感情」がまた荒れ狂ってきたが。


「アンタ、感情が無いんでしょ?」


 作られたと思しきにやり顔で、そう耳元で囁かれた。ふわと香ってきた柑橘系のフレグランスよりも僕を揺さぶったのは、正にの正鵠を射たその言葉の内容だったわけで。


「……」


 そして反応出来なかったことが、真実であると伝えてしまったようで。ふん、と鼻から一息ついた三ツ輪さんは次の瞬間、


「感情の何たるかも分かってない機械マシンヤローが、したり顔でマウント取ろうとしてくんじゃあねーよ、バァーカッ!!」


 非常に体重の乗った右のローを僕の左膝関節に放り込んできたのであったが。


 なぜ。なぜ蹴る?

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